キノコと自然の摂理〔5207〕2017/07/18
2017年7月18日(火)薄曇り
蒸せる。
昨夜は蒸せました。このところ、梅雨明け後のカラッとした夜が続いておったので、こたやかされます。今日も気温が上がるものの、雲が多く、少し雨も降るとの予想。今日から明日にかけてそんなお天気になって、それから梅雨明け宣言。気象庁の魂胆は、お見通しだ。
気象庁は、こないだ梅雨明け宣言をやりそくってから、こうやって一時的に前線が下がってきて雨が降る日を待ち望んでいたのであろう。
間違いない。明後日には、堂々と梅雨明け宣言をする作戦だね。でも、世論調査をやったら、先週の木曜日に僕が梅雨明け宣言したがの方が支持率が高いと思われます。
まあ、そんなことは置いといて、仕事仕事。
今朝、出勤途中にお参りした潮江天満宮。午前3時半過ぎ。週明けの出勤は早いのだ。
実は昨日も南嶺へ走りに行く途中お参りしていたので、2日連続。少し変化があった風景を、撮影してみました。キノコ。
ここは、本殿裏手の、大山祇神社参道。参道脇に、真っ白いキノコ。これ、昨日の段階では、卵みたいな形で、ここにたたずんでました。それが、今朝はこんなに開いた。
根元のツボの部分が、昨日の卵。そこが割れ、ニョキニョキっと伸びて傘を開いたキノコ。
さあ。これは何というキノコなのか。
キノコ素人の僕にはわかりませんが、ネットの図鑑で調べてみると、ドクツルタケに似いちゅう。一本食べただけで死に至るという、とてつもなく恐ろしいドクキノコ、ドクツルタケ。でも、シロツルタケにも見える。シロツルタケは、生食だと中毒を起こす危険があるが、火を通せばそうでもない。
図鑑でみても、よう似いちゅう。
シロツルタケのは傘の条線があり、ドクツルタケにはない、とか、ドクツルタケにはツボがあるけどシロツルタケにはない、とか書かれてますが、色んな写真を見ると、ドクツルタケにも条線が見える気がするし、シロツルタケにもツボが見えるのがある。
まあ、ツボがあって白いキノコには手を出すな、という鉄則があるとのことなので、食べるのはやめちょいた方が、良いね。
キノコに毒があったりするのは、捕食から逃れて繁殖する、という消極的な理由ではなくて、敢えて動物に捕食してもらい、その動物が死んだら、それを栄養分などに利用して自分が繁栄していく、という積極的かつ恐ろしい理由から、という説もあるそう。生物の生存繁栄戦略というのは、すごい。
木の実なんかが動物にとって美味しいのは、それを食べてもらうことで、種子を広範に蒔くことにつながるという生存戦略。逆に、葉っぱとかにはアクがあって、そのままでは食べにくい状況になっているのは、食べられると困るから。そもそも、植物は、人間に食べられるようにはできていない。それを加熱し、加工して、食べているのが現生人類だ。
牛乳はそもそも、子牛の為のもので、人間が飲むようにはできていないので、飲んではいけない、などということを書いたトンデモ本があります。売るためには何を書いても良い、というモンでは無いでしょうがね。酷い。
そもそも、人間が飲んだり食べたりする為の食品は、地球上に、母乳以外には、存在しません。その他のものは、動物であっても植物であっても、人が摂取する為にできたものでは、ない。
植物にアクがあったりするのは、なんとか捕食を免れよう、という、自然の営みだ。
大自然の営みの中で、それぞれが、工夫し、苦労を重ねて種を持続繁栄させていこうとする。牛乳は、人類にとって、非常に効率的かつ効果的かつ持続可能かつ他の種に優しい食品として、幾千年も、利用されてきたもの。
ドクキノコは、人間は食べてはならないが、牛乳はどんどん飲みましょう。
これ、自然の、当たり前の摂理。