NHK恐るべし〔8025〕2025/04/05

2025年4月5日(土)晴れ!
今日は高知へモンてます。それにしても「あんぱん」の子役たち、土佐弁が上手いねー。子供は耳が良くて吸収が速い、ということ、よくわかります。
で、今回の上京で、改めて「NHK恐るべし」ということがよく解りました。いや、民放ではない、公共放送でしかできない番組作りって、あります。以前、ブラタモリに出演させて頂いた時も感じたけど、番組作りへの手の掛け方、半端ではありませんね。
「あんぱん」に関しては、いや、「あんぱん」だけではなくて朝ドラとか大河ドラマとかには、常時100名を超えるようなスタッフが関わっているんだそう。で、番組でチラリとでも出て来る大道具、小道具のこだわり様。時代劇とかだと、そこそこアバウトでも構わん部分もあるけど、近代物の小物が難しい、とのことでした。何気ない文具用品や家庭用品、電気の配線とか電話機とか、その時代時代で変遷があるけど、それをキチンと考証し、準備する。すごいね。
「あんぱん」には、御免与駅がよく出てきます。第4話で、暢ちゃんがお父さんを見送るシーンがあるけど、あの汽車は「高知行き」とアナウンスされてました。時代設定では昭和2年のこと。
そう。昭和2年は、まだ、須崎ー土佐山田間しか開通してなかった土讃線なので、お父さんは、汽車で高知へ出て、船で関西へと向かったのでしょう。
ちなみに、高知駅ー土佐山田駅が開通したのは今から丁度100年前の、大正14年(1925年)12月。なので、お父さんが乗った御免与駅は、できたばかりの真新しい駅舎だったことでしょう。
土電の後免線が開通したのは同じ大正14年(1925年)2月なので、高知へ行くには、汽車でも電車でも行けた訳だ。その時の後免は後免町で、現在の後免東町辺り。
更ににちなみに、高知駅ー土佐山田駅が開通した4ヶ月後、土讃線の後免と後免町が繋がって、後免駅から後免町を通って手結への直行便が走るようになっています。
つまり、お父さんが汽車に乗った「御免与駅」には、土電も乗り入れていたのでした。ついてきてますか?
とにかくですね、NHKの時代考証にかける情熱はすごい、ということがよくわかりました。NHK恐るべし。そうそう。YouTubeで、「あんぱん」オープニング映像が公開されてますね。香美市のやなせたかし記念館別館には、朝ドラ「あんぱん」特設コーナーができてて、いつでも無料で入れます。こんな写真も撮れたりして。
さあ、NHKさんも頑張ってます。高知もみんなで頑張らなくちゃ。