時刻表復刻版戦後編1〔7922〕2024/12/23
2024年12月23日(月)晴れ!
ひやいねー。もうクリスマス。そして年末を迎え、お正月。はやいねー。
年末、こんなもの買ってしまった。交通公社の時刻表復刻版、戦後編1。全国の時刻表としては、昭和22年6月号、昭和25年10月号、昭和31年12月号、昭和36年10月号が復刻されて、セットになってます。当時のまんまのスタイルで。
写真は、昭和25年10月号の土讃線のページ。左頁が下りで、右頁が上り。これくらいしか走ってなかったんだね。高知から高松へ行ける列車は、8本。うち準急が2本。高知から高松桟橋までは、各駅停車で5時間40分から6時間、準急では、下りが4時間で上りが4時間半。上りと下りでこんなに所要時間が違うんだ。なるほど。上りに時間がかかるのは、新改駅界隈の登りと坪尻駅界隈の登りに時間を要したからでしょうねー。ちなみ昭和22年6月の時刻表は、主要駅しか表示されていない薄っぺらいもの。その頃は、毎月の発行もできてない。全国の全駅が掲載された時刻表が毎月発行されるようになるのは、昭和23年12月号からだと、解説に書いてました。
で、昭和22年6月時点で、高松桟橋駅ー高知駅間の列車本数は3往復。こりゃあ、混んだでしょうねー。そんなに県外との行き来がなかったとは言え。関西方面へは船が主流だったんでしょうか。
ちなみに、この、高松桟橋ー高知間の準急は「南風」という名前。そう。現在の土讃線特急「南風」は、かつての準急の名前が継承されたもの。
高松桟橋駅、というのが当時あったんですな。宇高連絡船が明治43年に開業し、大正13年に、高松駅の隣に高松桟橋駅ができたとのこと。なるほど。
ところで、土讃線。この頃、予讃線は予讃本線で、高徳線も高徳本線で、徳島線も徳島本線。なのに土讃線は本線ではない。なぜなんでしょう。利用客が少なかったからでしょうかね。徳島本線よりは多そうな気もするけどねー。
土讃線が土讃本線になるのは、昭和38年に中村まで延伸した時。そして、民営化されJR四国になった後、予讃本線、高徳本線、徳島本線と一緒に「本線」ではなくなりました。その時、「本線」が外されたのはJR四国の4つの路線だけで、他のエリアは「本線」のまま残っているということ、ご存知でしたか?なんか、悔しい。どうでもいいですか?
そんな訳で、入手した時刻表復刻版。しばらくはこれで楽しめそうです。昭和25年当時、蒸気機関車だけかと思ってたら「気」の文字が記された列車がいくつか。これは気動車のこと。当時から気動車、走ってたんだ。なるほど。走っていた区間は高知駅と土佐山田駅の間だけ。その頃の気動車では、新改の坂を登ることは難しかったんでしょうねー。
昔の時刻表を見ると、いろんな風景が想像できて、楽しい。楽しくないですか?