広島デルタ、鉄穴流し、広電〔7630〕2024/03/06
2024年3月6日(水)曇りじゃけえ
そんな訳で、広島。昨日のにっこりに、「瀬戸内海は平和に静かに広がって」などと書いてしまったけど、とんでもありませんでした。あの後、フェリーはかなり揺れに揺れ、大変なことに。強風で瀬戸内海にも白波が立ち、あの大きなフェリーもかなり揺れて、ビビりました。PC仕事なんか、とんでもない。船酔いしてしまうので、仕事はやめて船室の床に寝転んで過ごした春の海。まあ、音戸の瀬戸を抜けたら波も全然静かになるんですけどね。
往古、エンジンもない船で瀬戸内海を往来していた人々の技術には、頭が下がる。
昨夜は、高知からやってきたお客さんとも合流して、お好み焼きを食べに街へ出ました。人気店で、すごい行列。どうしようかと思うたけど、30分くらいで入店できました。しかも、並んでいる間に注文を取りにきて、席についたらすぐにお好み焼きが出てくるという段取りの良さ。お好み焼きなのに回転が早い。さすが。広島。ちなみに広島で「お好み焼き」は「広島焼き」。広島では「広島焼き」とは呼ばない。明石で「明石焼き」を「明石焼き」と呼ばずに「玉子焼き」と呼ぶのと同じ。
今日は、広島、岡山、姫路と立ち寄りながら帰ります。写真は今朝の広島駅。広電の広島駅を、広島港行きの電車が出発していきます。いいねー、広電。日本を代表するトラム、広電。やはりこの広島という街の人口規模が、広電を際立たせているんでしょうね。電車もきれいで、次から次へ。
広島市の規模だと、地下鉄ができてもおかしくはありません。が、広島市に地下鉄が作られることはなく、路面電車、トラム。それは、広島の街が太田川のデルタ地帯、中世以降に堆積した軟弱な地盤の上に成立していることとも関係ある、と聞いたことあります。
広島市を地形分類図で見ると、これだ。古代まではほとんどが、海。なので、国府はここ、府中にあったのでした。高知の城下の成り立ちと似いちょりますなー。
これほどに広大な土地が、中世以降の土砂の堆積によってできたのは、「かんな流し」が原因。中世、蹈鞴製鉄が行われるようになり、太田川上流で盛んに砂鉄が採取されるようになる。「かんな流し」は「鉄穴流し」で、切り崩した土を川に流し込み、比重の違いで砂鉄を分離する手法。そう。皆生温泉の弓ヶ浜を形成したのと同じメカニズム。
藩政期になり、水害対策もあって「かんな流し」は禁止されたが、堆積していた土砂の流入は続き、今の広島市の風景が形成されていった、という歴史。
そんな広い堆積地、干拓地ができたお陰で、元々海運の便に優れ、交通の要衝でもあった広島の街はどんどんと発展していったのでした。言わば、「かんな流し」がつくった大都市。なのかも知れない。大都市になったお陰で、プロ野球球団が成り立つことになった、広島。カープは広島県人のアイデンティティ。
そんな軟弱な土地であるせいもあり、広島には今も、縦横に路面電車が走る。地下鉄よりずっと停留所間の間隔が短いので、本当に便利。人口減少が見込まれる日本社会の中で、そして地球環境の問題が深刻化する中で、路面電車は、未来を担う公共交通だ、などと思っているのは僕だけだろうか。