食堂車、旅、時刻表〔7457〕2023/09/15
2023年9月15日(金)晴れ!
昨日は少し懐かしさを感じさせるモーニングを紹介しました。なんでか知らんけど、昭和を感じるよね。なので今朝は、昭和の話。鉄道に乗ることが「旅」だった時代の、話。そう。僕が子供の頃、汽車に乗るのは「旅」だった。
急行あしずりで高松へ。宇高連絡船で宇野へ渡り、急行鷲羽に乗って大阪へ。手元の、交通公社時刻表1970年10月号を慣れた手付きで捲ってみると、高知駅8:20発の急行あしずり1号に乗ると、急行鷲羽4号が新大阪駅へ到着するのが14:31。6時間以上かかってたねー。これが一番速いやつ。
そして、時刻表見ると夜行列車の多いこと多いこと。寝台列車でなくても、夜中にたくさんの列車が走ってました。同じ時刻表見ると、急行鷲羽1号は、宇野駅を1:46に発車して新大阪駅着が5:27。こんな列車が普通に走りまくっていた、時代。
僕の記憶では、1970年の大阪万博へは、そんな夜行列車で行きました。楽しかったねー。高知駅21:03発の急行あしずり7号に乗ると24:00に高松駅着。走って0:20発の宇高連絡船へ。連絡船は1:30に宇野へ到着し、上記の急行鷲羽7号に乗って5:27に新大阪。所要時間は8時間24分だ。高知大阪間が。でも、飛行機の最終便より遅く出て、始発便よりもずっと早く着くし、安かった。もちろん高速道路も瀬戸大橋もない時代で、車で大阪なんぞ、とんでもなかった時代。
ただ、僕らおなじみの急行あしずりにも、急行鷲羽にも、食堂車はなかったのである。そう。だから、食堂車が僕の憧れだった。
ちなみに、宇野と新大阪を結ぶ特急うずしおには食堂車があったけど、特急ですきんね。僕らはいつも急行だった。
そんな訳で、社会人になり、新幹線で移動するようになってからは、憧れの食堂車をよく利用してました。特に、新大阪と岡山の間は、そのまま食堂車乗り込んで食事してビール飲んで、食堂車から下車してたことも、あります。一番安かったのは、カレー。それでもちょっと贅沢で、旅行気分を満喫していたことでした。
手元の、交通公社時刻表1964年9月号復刻版には、当時の国鉄の食堂車メニューが掲載されています。こんなの。カレーが100円。チキンライスも100円。ビーフステーキ定食が750円だって。1964年だから、デパートの大食堂へ食事に行くのがハレの日だった時代。食堂車で食べる洋食は、とんでもない非日常空間だったんだろうか。
新幹線からも食堂車が無くなって幾星霜。遂に、東海道新幹線から車内販売も、消える。寂しいねー。どんどんと、列車に乗ることが「旅」ではなくなっていく。
鉄道は単なる移動手段なのか。鉄道の旅を楽しむのは例の「企画列車」しかないのか。僕らは、鉄道で「移動」する時間を「旅」として楽しみたいのに。
そんな訳で、リニア後の東海道新幹線に食堂車復活を望むし、夜行新幹線もいいよね。地球環境を考慮するなら、この1964年の時刻表にもあるように、鉄道輸送を活用したい。ローカル新幹線には、貨物列車を走らそう。いや、妄想です。妄想。
でも、こないだある国会議員さんと話してたけど、新幹線で貨物輸送という話は、ない訳ではないんだそう。食堂車復活と合わせ、ぜひ、実現して欲しいという妄想は、今朝はこれっぱあにしちょきます。さあ、仕事仕事!