新聞を読みながら妄想する〔7347〕2023/05/28
2023年5月28日(日)薄曇り
そんな訳で、高知。昨日のお昼の飛行機で帰高しました。高知は雲が多いね。
今回は2泊の東京出張。2~3日高知を離れても、今はネット環境があるので仕事には余り困りません。リアルタイムで業務ができるし、打合せも。そんな時代になりました。が、出張中に溜まってしまうのが、新聞。紙の新聞。特に高知新聞は高知でしか読めんしねー。なので、帰高した後は、これくらい溜まった新聞をまとめて読むことになる訳だ。それはそれで、楽しいけど。
で、ネットニュースでも見てたけど、日経新聞の文化面にも、こうやって掲載されてるのを改めて読みました。「ゲノム解析で弥生人見直し」という記事。ゲノムの解読によって、日本人の成り立ちを探る5年間の「ヤポネシア」プロジェクトが今年3月に終了し、いろんなことがわかってきた、という記事ね。なかなか、面白い。
今までの定説と違ってきてるのは、現在の日本人集団が形成されたのは弥生時代、という話ね。どうやら、古墳時代などの後世になっても大陸から多くの渡来人が訪れ、現在の日本人を形成していった、というのが正しいみたい。
まあ、そりゃあそうだよね。「国」とか「国境」とか「人種」とかの概念は、そこを支配する為政者を中心とする概念であって、そこで暮らす人々にとってはあんまし関係ない。で、僕らが思っているよりもずっと盛んに、海を越えた交流とか移動とかが行われていたんでありましょう。
そして、そこに新しい文化が生まれたり、争いが起きたり。交流して混血、同化していく場合もあれば、争いで棲み分けが行われたり。
もちろん、長い長い年月の間に、交流、混血を繰り返す中でだんだんと同化していき、今の日本人ができあがってきたとする考え方は間違っていないと思う。弥生人のゲノム範囲より現代日本人の範囲の方が狭いのは、そんな理屈なんでしょうかね。でも、比較的最近までの国内でのヒトの移動環境などを考えると、地域によってそのルーツの傾向が違ってきているのも当たり前で、それを見るのは楽しいよね。
この記事にもあるように、出雲地方や鹿児島県枕崎に住む人々は、オキナワ人と遺伝的に近いことがわかり、つまり鹿児島や出雲には縄文系遺伝子を持つ人が多い、ということが確認できたんだそう。出雲には、縄文系遺伝子。これは、渡来系の人々によって弥生時代が生まれ、集落連合からクニが形成されていく過程で、在来の集団との間に争いと明確な棲み分けがあったことの証拠なんでしょうかね。日本神話の、出雲の国譲りの話は、そんな歴史を伝えているのか。と、すると、出雲の大国主命は、縄文系の風貌だったのか。なるほど。「砂の器」を思い出すね。ズーズー弁は、東北と出雲で話されている、という話。
以前、都道府県別の、弥生系ゲノムと縄文系ゲノムの比率を地図に落とし込んだの、見たことあります。それによると、高知県は圧倒的に弥生の勢力が強かった。つまり、弥生までの土佐にはあまり人が住んでおらず、縄文文化は花開いていなかった。そこに渡来人がやってきて、縄文人と争うことなく、西日本でも最大級の弥生集落を築くことになり、現在の高知県人はその子孫である、という妄想が暴走できるのであります。
まだまだこれから、いろんなことがわかってくるんでしょうね。その都度、いろんな妄想を膨らませるのは、楽しい。
日曜の朝。溜まった雑務を片付け、溜まった新聞読んで、一日がのったりまったりはじまります。