記憶中枢を刺激する風景〔6982〕2022/05/28
2022年5月28日(土)晴れ
高知へ帰ってきたら、夏でした。昨日、雨の東京を飛び立って高知空港に降り立つと、そこには夏空が広がっておりました。そして今日も、暑いねー。昼過ぎまで仕事や用事を済ませてから、オーテピア。かつて追手前小学校があった場所に立つ、立派な図書館。僕は、この図書館の基本構想委員会の委員をやってたので、思い入れは人一倍。ヘビーユーザーになってます。
かつて、ここにあった追手前小学校。オーテピア2階からの、この、街路樹ごしに見る追手前高校の風景は、小学校の6年間見続けた、見慣れた景色。あの頃、このクスノキはもっと小さくて、もっときれいに追手前高校を見れてました。半世紀前のことだね。いやー、思えば遠くへ来たもんだ。
この風景って、木造校舎の方の2階の、4年生とかの教室から見えたあの風景に近いと思います。木造校舎1階には1年生、2年生。2階が3年生4年生で、西側の鉄筋の3階建てに5年生と6年生。ではなかったでしょうか。保健室は1階で、2階の、木造校舎と鉄筋校舎の境目のところ、段差があったあの場所に、放送室がありました。
5年生だったか6年生だったか。僕は放送部で、お昼の放送とか、やってました。生放送で、給食の時間に僕が絵本読んだりしてたんですきんね。今思えば、なんと大胆なことをしていたものか。あと、童話とかのテープをかけたりもしてました。どうやってかけてたと思います?
その放送教材は、オープンリールのテープだったのでした。今の若い人はご存知あるまい。当時の主たる録音メディアは、テープレコーダーのテープだった。オープンリールのね。だから小学生の僕でも、オープンリールのテープをかけるのには慣れたものだったのであります。
で、あの学校に流れる「キンコンカンコン」は、当時でももう自動で流れるものになっていたけど、面白いことに、放送室にはあれを鳴らす鉄琴があったのを覚えてます。いざという時には、あれを叩いてキンコンカンコン。そんな時代だった。
ああ。この風景を見ていると、半世紀以上も前のことが次から次へ。見事に蘇ってくる。ついさっきのことを忘れるのに、昔のことはよく覚えてて思い出す。僕も、そんな歳になりました。
夏空の下、追手前高校の、あのときと変わらぬ外観が、記憶中枢を刺激する。