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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

おかしな兆民先生、田植えを見ながら飲む〔6765〕2021/10/23

おかしな兆民先生、田植えを見ながら飲む

2021年10月23日(土)晴れ!

昨日の夕刻、東京から帰ってきました。

で、久々に、羽田空港、JAL出発ロビーにある立ち食い寿司屋さんで、一杯。寿司屋の兄ちゃんが「飲めるようになって良かったですね」と嬉しそうに喋ってたのが、印象的でした。そう。こないだまで、空港内では飲酒、できんかったので。ちょっとづつ、少しづつ、平常へ平常へ。

そんな秋晴れの週末、行楽に出かけられている方も、多いんではないでしょうか。

 

行楽と言えば、昨日、江戸時代から明治にかけて、江戸、東京の人々が日帰り行楽の名所として親しんできた「新宿十二社」のこと、書きました。明治の頃、田山花袋も東京「郊外」の行楽地として遊びに行った、「新宿十二社」。

では、高知の城下の人々は、どんなところへ「行楽」に出かけてたんだろう。以前にも書いたけど、城下の住人に一番人気のあった娯楽は、浦戸湾での遊び。小舟を浮かべて釣りしたり、貝掘ったり。そして海辺で宴会。そんな中、秦泉寺方面へと行楽に出かけた人物がおりました。我らが中江兆民先生だ。

 

今、高知新聞に、「美しき座標 平民社を巡る人々」というのが連載されてて、現在はその第4部「おかしな兆民先生」が進行中。いや、面白い。この辺の高知新聞って、すごいよね。丁寧に取材してて、往時の雰囲気を、実に臨場感たっぷりに感じることができます。で、兆民先生。

詳しくは説明しません。高知県民の基礎知識、中江兆民先生。その人柄や考え方が、この連載でよくわかります。頭が良い。飾らない。威張らない。強い信念、思い。弟子思い。権力には敢然と立ち向かう。身なりに一切頓着しない。歯に衣着せない。などなど、その魅力的な人物像が余す所なく描かれている、高知新聞の連載。

で、以前、兆民先生が主筆をつとめた東雲新聞に、秦泉寺界隈へ行楽にでかけたときの文章があること、書きました。2003年だから、もう18年前のこと。で、改めて、オーテピアで東雲新聞の当該箇所、見てみました。

でかけたのは、明治21年4月27日のこと。兆民先生他、合計4名。目的は「田植えを見る」こと。で、「砂ヶ森」のてっぺんに毛布を広げて、飲んだり食べたり。眼下では田植えの真っ最中。田植えのご婦人に田植え歌を所望するも、文明とか開化とかで土佐流の野調を卑しむと見えて、歌ってくれない。そこで一計を案じ、女性たちを招いて茶碗でお酒を飲ませる。すると、田植え歌を歌い出し、その中には猥雑なるものもいっぱいあって、実に健康的であった。という話。

 

18年前に、その「砂ヶ森」は、名切川が久万川に流れ込むところではないか、と想像して、その場所を紹介してるけども、これは大間違い。あそこの訳が、ない。何故かというと、当時の久万川は北に蛇行していたので、名切川が流れ込んでたのはもっと北だったから。

今昔マップでみると、よくわかります。で、これ見ると、ここに土砂が堆積してるようには、見えません。そこで少し東へ行った、金谷川が久万川に流れ込むところを見てみると。おう。この流れ込む角度とか、いかにも土砂が堆積しそう。で、今日、その流れ込む場所を撮影したのが、この写真。たしかに、今も、その合流地点の西側は高くなってて、堆積の痕跡っぽい。ここで、明治21年の春、つまり大同団結運動が瓦解して自由民権運動が分裂していく危機の中、兆民先生は、田植えの女性を見ながら1日を過ごしていたのかも、知れません。

それは、行楽でもあったろうし、庶民の本当の気持ちを知る、という目的もあったのかも、知れない。とにかく魅力的な人物、中江兆民先生。ああ。僕もなりたや兆民先生のように。


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