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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

新宿十二社の池は、ここに〔6764〕2021/10/22

新宿十二社の池は、ここに

2021年10月22日(金)小雨

昨日の午後から東京に来てます。今日は、西新宿でひと仕事。都庁の脇を抜け、新宿中央公園を通って西へ。

都庁を含む高層ビル群は、かつて淀橋浄水場があった場所に、立ってます。ここ、神田川に、淀橋という橋が架かってるのに由来する「淀橋」。で、新宿駅西口から「ヨドバシカメラ」のビルの間を歩いてたら、お馴染みの「しんじゅく にっしぐっち えっきのまえー」という歌が聞こえてきました。ん?なんか、違うぞ。

そう。僕が知ってるこの歌は「まーるい みっどりの やっまてせんー、まんなっか とおるは ちゅうおうせん」だったのに、違う。

今は、「まーるい みっどりの やっまのってせん、まんなっか とおるは ちゅうおうせん」と歌ってた。ちょっと驚いた。どうでもいいですか?

 

さて。今日はそんな話を書きたいのではない。

新宿中央公園は、以前にも一度書いたけど、ここが「新宿十二社」という名所であった頃の、名残。田山花袋「東京近郊 一日の行楽」に、東京郊外の野趣あふれる風景として描かれている、名所。江戸時代から明治にかけて、江戸、東京の人たちが「一日の行楽」に出かけていた、「新宿十二社」。熊野権現さんが鎮座ましまし、そのお参りかたがた、みんな自然の趣を楽しんだ訳です。

田山花袋さんも書いてるけど、そこには滝があり、池があり、幽玄で美しい風情だったそう。この公演が、その名残を今に残しております。

滝は、神田上水の水量を補う為に玉川上水から引かれた用水の、人工滝。やけども、なかなかの風情だったようで、色んな絵に描かれてます。明治31年に淀橋浄水場がつくられるまで、存在したという滝。

 

で、滝とともに雰囲気を盛り上げていたのが、池。その池の風景は、安藤広重によって「名所江戸百景」にも描かれておりました。「角筈熊野十二社」。

そうそう、言い忘れてましたが、「十二社」と書いて「じゅうにそう」と読みます。なんでかは、知りません。江戸の人たちにとっては「十二社」が「じゅうにそう」であるのは当たり前だった程、よく知られた名所でございました。と、思います。知らんけど。

 

その池。昭和43年まで、存在したそうです。

ここに書いてるのを読むと、8代将軍吉宗が、鷹狩の際に十二社に参拝したのがきっかけで、池の周囲に多くの茶店ができて、景勝地として賑わうようになったんだとか。その賑わいは明治に入って絶頂を迎え、あんと、料亭・茶屋100軒、芸妓約300人を擁し、ボート、屋形船、釣り、花火などで賑わったといいます。すごいね、どうにも。

 

今昔マップで、その頃の地図を見てみました。どうでしょう。浄水場ができたばかりの、明治後期の地図には、縦長の池がはっきりと描かれてます。その頃の航空写真、地形図、現代の地図も並べてみました。池が、現代のどこにあったのか、わかりますねー。広重の絵は、台地の上の熊野神社界隈から南西方向に池を見てます。今となっては痕跡も、ない。今朝は、熊野神社さんの脇から南西方向を撮影してみました。たぶん、広重さんが描いたのと近いアングル。

ほんのこないだまで、西新宿に高層ビルが建ち始める頃まで、ここに池がありました。残しといたら良かったのにね。今となってはもう遅いけど。でも、十二社の森は新宿中央公園となって残り、巨大な人数を抱える都庁の人々の癒しになっておりました。

ここに料亭・茶屋100軒が並び、芸妓約300人を擁し、ボート、屋形船、釣り、花火などで賑わったことを知ってる都庁の職員さんって、どれだけ居るんでしょうかねー。


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