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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

1225年の時空を超えて〔6747〕2021/10/05

1225年の時空を超えて

2021年10月5日(火)良いお天気

明治以降、天皇の在位期間と元号は一致してて、それが当たり前になってるけども、江戸期以前は、つまり慶應以前は、いろんな事情で改元されてたのは、ご承知の通り。

そんな中、まるで明治以降であるかのような在位期間と年号の関係を持つ天皇がおります。そう。桓武天皇と、延暦。

 

桓武天皇の在位期間が781年4月から806年4月。25年間の在位。そして「延暦」は、782年9月から806年6月の、24年間。最終年は延暦25年ね。明治以降みたいに在位と元号が一致している訳ではないけども、ほぼほぼ、重なってるの、わかります。

この延暦という元号は、史上、5番目に長い元号なんだそう。即位期間と元号が一致している明治以降が長いのは当たり前で、第1位は昭和の64年で、第2位が明治の45年はわかります。第3位、知ってますか?

平成と思うよね。平成31年は、意外なことに第4位。第3位は、室町時代の「応永」なのでした。1394年8月から1428年6月で、最後の年は応永35年。すごい。

この間、将軍は足利義満、義持、義量の三人で、天皇は後小松天皇、称光天皇の二人。そう。この期間は、日本国にとってかなり平和な時代だったのでした。外患はなく、天災も少ない。なので、そんな長期、改元が検討されんかったんでしょうかね。知らんけど。

 

いや、今朝したかったのは、「延暦」の話。

延暦という時代は、応永にように平和で落ち着いた時代ではありません。桓武天皇によって、平城京から長岡京へ、長岡京から平安京へと2度の遷都が行われてるくらい、結構激しい時代。富士山も噴火してるし。それでも改元しなかったのは、桓武天皇の思いが強かったからでしょうかね。知らんけど。

都が平安京へ遷って2年後の延暦15年(796年)、土佐にとって少し重要な出来事があったのでした。都と土佐をつなぐ公式道路、南海道が、ルート変更になったのであります。「日本後紀」に、「勅、南海道駅路迂遠、使令難通、因廃旧路通新道」とあるように、伊予廻りや阿波廻りではない、四国山地越えの新道が開かれたのでした。平安京遷都の2年後にね。

 

これにより、山越えで厳しい道ではあるけども、距離はグッと短縮された、都と土佐の間。このルートって、1000年以上にわたってメインルートのひとつとして利用され続けたのでした。明治になり、吉野川沿いに阿波池田を経由するルートがメインになるまで。

その、立川越えルートは、県道5号として細々と利用されてきた訳ですが、高知自動車道が開通することによって再び復活し、またまた高知と外部をつなぐメーンルートになった訳です。さすが、1000年以上使われたルート。

 

写真は、高知自動車道上り線、立川トンネル手前。数年前の大雨で、あの斜面が土砂崩壊し、この橋も含めて押し流してしまいました。今は復旧して、こんな感じ。

796年に開かれたルートは、1225年後の今も、大事な大事な、高知と外界をつなぐ道。


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