孕西町、孕東町、孕、原見〔6676〕2021/07/26
2021年7月26日(月)晴れ!
未明の浦戸湾。未明と申しましても、まだ3時過ぎ。浦戸湾は、月明かりに照らされて、静か。この時間に航行する船もなく、鏡のような水面に工場の灯が映るばかり。
若松町の東端近い、この場所の堤防上から撮影しました。堤防の外には船が係留され、眼前には丸山台。その向こうに西孕の、工場群が見える風景。
孕(はらみ)という地名は、あの、浦戸湾がギュッと狭くなった場所を孕門と呼んだから。高知市史によると、最初にそう呼んだのは詩人とのこと。詩人が、孕門の歌をつくってから、あの海峡のような場所が孕門となり、その孕門を挟んで東側が東孕、西側が西孕となったにかありません。
たしかに、妊婦さんのお腹のような半島が、西と東から突き出してるから孕門、という感じは理解できます。でもそもそもは「孕」ではありませんでした。
「角川日本地名大辞典39 高知県」によると、そもそもは「山岳部より海原見る」から「原見」と称されていた、らしい。そう言やあ、あの西孕の山上には海津神神社さんが鎮座まします。海原見る、原見。孕。
で、ややこしいのが西孕、東孕と、孕西町、孕東町だ。
さっき書いたように、浦戸湾を挟んで西側が西孕で、東側が東孕な訳やけど、孕西町も孕東町も、両方とも西孕にある、町名。と、今の今まで思ってたけど、そもそも「西孕」という地名が地図にはない。となると、浦戸湾を挟んで西側が西孕で、東側が東孕という話が怪しくなるのである。
つまり、「西孕」は存在せず、僕が西孕と呼んできた、浦戸湾の西側に、孕西町と孕東町がある、ということになるのである。ついてきてますか?どうでもいいですか?
まあ、そういう訳で、この写真の正面、工場の灯が見えるところは、孕東町なのだ。孕西町は、あの西、宇津野トンネルから西。今、孕東町には、太平洋セメントや土佐発電株式会社などが並んでます。
興味深いのは、人口だ。
孕東町。高知市のホームページから、高知市町別人口統計というのを見てみました。令和3年7月現在、孕東町の人口は、3世帯5人。あんなに明るいのに、人口は5人なのでした。ところが昭和35年の人口は、83世帯307人。僕らが子供の頃までは、あそこで暮らしていた人、結構多かったんですね。
で、その高知市町別人口統計を眺めると、また、興味深いこと、発見。
高知市で1番人口が少ない町、どこだと思います?
ちなみに孕東町は、4番目に少ない5人。
2番目に少ないのが鏡葛山と鏡小山で、3人。旧鏡村が少ないのは、なんとなくイメージできるよね。
で、1番少ないのは、瀬戸。1世帯、2人。瀬戸って言うと、人口の多い団地のイメージやけど、町名でいう「瀬戸」の人口は、現在2人なのでした。どうでもいいですか?
どうでもいいような話をしながら、月曜の夜が明ける。今日も暑くなります。今日も頑張って張り切って仕事仕事!