瓜尻遺跡〔6604〕2021/05/15
2021年5月15日(土)曇り
梅雨が近づいてきた感じ、あります。もう、そんな季節か。変異株って、暑さには弱くないんでしょうかね。
さて、ここは安芸市。今朝、田野方面に用事があったので、途中、ここに立ち寄って撮影してきました。最近話題の瓜尻遺跡。
ここは、安芸市の統合中学校建設予定地。その建設に先立っての発掘調査で、7世紀頃からの重要な遺構、遺跡がたくさん出てきた、という話。それは、律令時代の官衙である可能性が高く、また、隣接して大きな古代寺院やら水路やら倉庫やらの跡も見つかってて、古代、ここに土佐東部を代表する政治の中心があったことが、窺えるのでありますね。すごい。
そして、直径9mという、当時としては国内最大級の井戸も見つかってます。いったいこれは、何なんだろう。妄想が膨らむ膨らむ。
場所は、ここ。安芸平野、安芸川の氾濫平野やけども、平野の中では、結構北部に位置しますな。古代の官衙には、官道が接続してるはず。海沿いの道が官道やと思われるけども、こんな、平野の奥まったところに官衙や寺院がある、というのは、どういうことなんでしょうかね。
今の地形を見ててもわからんけど、この辺りに安芸川の船着場があり、交通の要衝であったのかも、知れません。ここの地名は「僧津」。そのまんま、お寺の港やがな。海沿いとかだと、津波とかの災害に弱いしね。
この遺構は、どうやら7世紀後半からのものらしい。するとだ。
白鳳の南海地震が発生したのが684年。その南海地震はかなり規模が大きいもので、津波の高さも、安政や昭和の比ではなかった、らしい。
その白鳳地震の津波で安芸平野が洗われた後、この電柱にあるように海抜16mのこの地、津波の被害に遭わんかったこの地に、地域の重要施設を建築した、と考えるのは理に適ってるように思えるけど、僕の妄想です。
ともあれ、ここが国指定の史跡になるかどうかはわからんけども、どうやって新しくできる中学校との折り合いをつけていくのか、注目されるところだ。がんばれ、安芸市。その力と知恵が問われているぞ。
教育施設が、重要な歴史的遺構を無視、破壊してつくられるのは、本末転倒ですきんね。
本末転倒といえば高知城歴史博物館。あの博物館は、建設に先立っての発掘調査で出土した14世紀頃の街の遺構を破壊して、つくられてます。高知に城下町の平野ができていく、その始まりの遺構やのに。大高坂山東側の、舌状の洲。それが灌漑や堆積で拡大していって城下町となった訳で、その原点の貴重な遺構、城下町の原点の遺構を破壊して、こともあろうに「歴史博物館」をつくるという本末転倒。なんとか、一部でも遺構を残して、博物館地下で現物を見れるようにして欲しかった。当時、県の担当部長にそう申し上げたら「担当者に確認したらそれほど重要な遺跡ではないとの返事でしたのでそのまま進めます」という、腰が砕けそうになるお返事だったこと、思い出しました。
その轍を踏まないよう、本末転倒にならんよう、安芸市の奮励努力、刻苦勉励、格物致知で、遺跡保存を期待したい。