平成が始まった頃〔8303〕2026/01/08
2026年1月8日(木)晴れ
1月8日。1989年1月8日に始まったのが「平成」。今から37年も前になるのね。ついこないだのことやのに。当時官房長官だった小渕恵三氏が「平成」と書かれた紙を提示して「平成おじさん」と呼ばれたのも懐かしい。その故事?に倣って「令和」になる際に菅義偉官房長官が「令和おじさん」と呼ばれたのには、かなりの違和感があったこと、覚えてます。それももう、7年前。
平成元年の頃のこと、思い出してみよう。
平成元年、僕はひまわり乳業のペーペー営業社員。業務店とか病院とか喫茶店外食とか、そんな分野を担当して、お客様廻りをしてました。昭和64年は1月7日まで。昭和天皇が崩御されたことで、翌1月8日に「平成」が始まった訳やけど、その年、高知では高校総体が開催。全国高等学校総合体育大会。通称インターハイ。
そういった全国規模のイベントが高知で開催されるのは珍しく、僕も、高校生が宿泊するホテルや旅館を回って営業したことでした。
昭和64年に開催されることになってたので、ロクヨン総体と呼ばれて準備が進められてたんですね。それが、1月8日に昭和64年ではなくなってしまったのだ。結果的に7日しかなかった昭和64年。もう、ロクヨンとは呼べない。
そこでどう呼んだか。僕はガンネン総体と呼ぶようになったと記憶するけど、これは僕が勝手にそう呼んでただけかも知れません。
と、申しますのも。
AI君に「元年総体」を尋ねてみたところ、令和元年(2019年)に開催された「南部九州総体」のことをそう呼ぶ、というお答えだ。平成元年のことなんかまったく出てこない。で、更にA君に「元年総体 高知県」で尋ねみると。でた。1989年も「元年総体」だ。僕だけが勝手に「ガンネン総体」と呼んではないらしい。どうでもいいですか?
まあ、そんな平成元年。1989年。バブルは絶頂期で、ベルリンの壁は崩壊し、世の中はこれから薔薇色だ、みたいな幻想が渦巻いてた1989年。その後のバブル崩壊や国際社会の混乱を知っている僕らは、あの1989年、平成元年を懐かしく懐かしく思い出してしまうのでした。夜の街でなかなかタクシーがつかまらなかった、あの時代。
通信手段としてはポケベル全盛。ピーピー鳴るだけだったものから、数字が表示されるようになった、そんな頃だったと思います。会社からポケベルに数字が送られてくると、それは会社に電話をかけてきたお客様の電話番号。あれは画期的機能で便利やったねー。
携帯電話はまだなかった、あの時代。現代社会で携帯電話がなかったら仕事にならんような気がしてるけど、あの頃、別に何の不便も感じてませんでした。
元号が「昭和」から「平成」に変わったのが37年前の今日。「ついこないだ」のことやけど、随分と社会生活も変わった訳だ。あの頃思い描いていた薔薇色の未来社会が訪れることはなかったけど。
