10年〔6539〕2021/03/11
2021年3月11日(木)晴れ
あれから10年。
もう、10年。幾度も書いてきたように、10年経って、復興したこと、復興してないこと、できたこと、できてないこと、色々とあります。今朝の新聞にもあるように、被災地からの人口流出は止まらない。それでもみんな、頑張って前向いて、生きています。新聞とかでは、あの震災直後の風景、人の表情と、10年経った風景、人の表情を比較して、この10年で何ができたのかを、検証しようとしています。
世の中も、随分と、変わりました。地震や津波に対する意識が、震災前に比べて飛躍的に向上したのは、間違いありません。お陰で、避難タワーなど、いろんな対策を講じることができたし。
このにっこりでも、あの大震災の後、いろんなこと、書いてます。僕なりに力を入れたのは、過去の南海地震の被災状況を伝える地震碑の紹介。
このにっこり内を「地震 碑」で検索すると、これだけでてきます。こうやって見てみると、2011年3月11日以前にも、地震碑についてはかなり触れてきてたこと、わかる。わかるけど、なんとなく触れてきただけで、3.11以後では真剣度合いが違う。違います。震災から2年目の3月11日、南海地震の碑についてまとめてますので、時間があれば、ご覧ください。
そして。震災後のにっこりでは、あの惨状をテレビやネットで見るにつけ、大自然の脅威を前にした時の人間の無力さが増してくることを、書き綴ってます。大きな堤防が、いとも簡単に津波に乗り越えられ、破壊されていく動画は、大自然の脅威を力で抑え込むことの難しさを僕らに教えてくれました。とにかく、逃げるしかない、という話を、幾度も幾度も、このにっこりで書いてきたと思います。
みんなも、そう思ってました。思ってましたよね。あの映像を見て。
時間の経過とともに、少しそんなこと、忘れ始めてるんではないか、と心配してます。巨大な堤防を築くことで、大丈夫と思ったりしていないか。大自然の前では、人間の力なんて、知れたものということを忘れてはいかんと、思うのです。だから、一番は、逃げる。そして、復興は、「人」。
今朝、10年前の朝と同じ場所へ行ってみました。まさか、その日にあんなことになるとは夢にも思ってない、朝。高須の、田んぼ。地下水が汲み上げられ、田んぼの代搔き準備が始まっていた、朝。
そう。いつものよう、田植えが始まり、桜の開花宣言が北上し、全国が春に包まれると思っていた、朝。
そして大震災。それから、僕らはどんなことを考え、どうしていったのか。
10年目の今日、簡単に振り返ると。
震災から1年目。2年目。3年目。4年目。5年目。6年目。7年目。8年目。9年目。
そして、今日。
10年前の朝と同じように、2021年3月11日の朝も、高須の田んぼでは水が汲み上げられ、田植えの準備が始まっていました。