豪雨。暴風雨。暴雨。猛雨。〔6296〕2020/07/11
2020年7月11日(土)曇り
今、高知の雨は小康状態。でもまあ、よく降りました。いいかげんにして欲しい。ちょっと、降りすぎでしょう。今朝の新聞にも、全国各地で過去最多の雨量を記録した、という見出し。いいかげんにして欲しい。いいかげん、とは良い加減。梅雨時に雨が降らんのも困るけど、降り過ぎるのも問題。僕らは、良い加減の気候の中で、生きている。
あんまし被害が出てないから目立ってないけど、高知でも結構降ってるんですね。馬路村では降り始めから1000ミリ超えてるし、昨日は大豊町で時間雨量90ミリ以上を記録して、国道が通行止めになったりしてます。いいかげんにして欲しい。
この朝刊の「小社会」に、興味深いこと、書いてました。雨の振り方の表現。
気象庁が予報で使用する「土砂降り」は、20ミリ以上30ミリ未満の雨なんだって。なるほど。知らんかったけど、高知では20ミリから30ミリの雨って、しょっちゅう降るから「土砂降り」と言われてもねー。ちなみに「土砂降り」は、土砂が降ってくる訳ではないと書いてます。当たり前だ。「ドシャドシャ」とかの擬音語からきてる言葉なんだそう。
僕の好きな「大言海」を見てみると、「土砂降り」ではなくて「土沙降」になってます。「ドシャ」とか「どさ」とかの音に漢字を当てたんでしょうな。「土沙」が「土砂」になったのはいつ頃からなんだろう。
いや、違うぞ。「大言海」には「土砂」の項目はなくて「土沙」になっている。
土沙
ツチト、スナ
おう。明治大正、昭和初期には、土砂のことは土沙と書いてたんだろうか。ちょっとした発見だ。どうでもいいですか?
雨の降り方の話でした。
時間雨量50ミリ以上80ミリ未満が、「バケツをひっくり返したよう」な雨。
時間雨量80ミリを超えると、「息苦しくなるような圧迫感」の雨なんだって。確かにニュースでそんな表現してた記憶、あります。
高知市が被災した98豪雨では、4時間で362ミリ降ってるから、息苦しような圧迫感が4時間も続いたことになります。僕はその日、高知には居なくて、徳島にいました。阿波池田から代替バスに乗ってなんとか高知へ帰り着き、その被害の凄まじさに息を呑んだことでした。
この小社会には、時間雨量80ミリを超える雨の全国での発生回数のこと書いてます。1976年から1985年の十年間平均は14回。最近の10年間平均は24回。明らかに、新しいステージに入っている、地球の気象。環境。
昭和の初めに完成した「大言海」にも、たくさんの激しい「雨」があります。
豪雨。暴風雨。暴雨。猛雨。
でも最近の降り方には、こんな表現では足りないような気がする。今までの語彙では表現できんような、そんな雨が降るようになった昨今。
こんな表現で足るような世の中にする為に、僕らは考え、行動せんといけません。指導者の選び方も含めてね。