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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

マトリョーシカ、赤の広場、ヨーグルト〔6216〕2020/04/22

マトリョーシカ、赤の広場、ヨーグルト

2020年4月22日(水)晴れ

昨日書いたバイコヌール宇宙基地へは、モスクワ経由で行きました。モスクワからバイコヌール近くの飛行場まで、狭い狭い座席のオンボロ旅客機に乗って。4〜5時間くらいかかったでしょうか。

ロシア側からの要望で、バイコヌールへ向かうのには余裕をもって来て欲しいとのことだったので、モスクワにて1日自由な時間があり、Jr.1号と地下鉄に乗ったり赤の広場へ行ったり。

こんな感じ。なんか知らんけど、立派さに圧倒されたことでした。

今はストリートビューで、同じ風景を見れます。なんか、すごい時代になったもんだ。

 

コロナ騒動はロシアでも例外でなく、あの正面の聖ワシリイ大聖堂も、反対側の国立歴史博物館も、展示が圧倒的だった武器庫も、全部今は臨時休館。この広場を訪れる観光客もいないんでしょうね。

 

赤の広場で、今思い出したけど、セスナ機で赤の広場に着陸した輩がおりましたよね。おったおった。検索してみると、ありました。

西ドイツの19歳の若者が、ヘルシンキからモスクワまで飛んできて、旧ソ連の中枢の中の中枢、クレムリン前の広場に着陸した、ということで大騒ぎになりました。ソ連の守備隊は何してたんだ、とか。

ウィキによると、あれはゴルバチョフ時代。で、ゴルバチョフは、その事件を契機にペレストロイカに反対してた国防相や空軍司令官を解任したと書いてます。つまり、その無謀な少年のお陰で、ベルリンの壁崩壊が早まった、ということなのかどうなのか。

でもその少年、懲役刑の後、西ドイツへ帰国、病院での奉仕活動中に交際を断られた看護師をナイフで刺し、また懲役刑。2001年には万引きで罰金刑。その後は、オンラインポーカーの賞金で生計を立てているとか。ウィキの情報やけど、まあ、面白い人物ではあります。真面目に生きろよ。

 

ちなみに、着陸したのは赤の広場ではなくって、近くの橋、と書いてます。そりゃあそうだ。赤の広場は人が多いから、危険。でも橋も危ないとは思うけど。電柱とか電線とか無いこと、知ってたんだろうか。ストリートビューも無い時代に。

 

真面目に生きると言えば、僕の父。亡き父は、息子の僕が言うのもなんだけども、とっても真面目でした。そして几帳面。なんで息子はこんなになった?

それは置いといて、この写真。父が、乳業関係の視察旅行で旧ソ連へ行ったときの、会社へのお土産。マトリョーシカ。一番大きいのの底に、1982.7と書いてあります。

1982年。昭和57年。まだ、ソ連がソ連で、ソ連だった時代。ブレジネフ書記長の時代のソ連。僕がJr.1号と赤の広場を歩いた時代とは、全然違う、旧ソ連。

 

あの時父は、ソ連、東欧をまわって、ヨーロッパの畜産、乳製品の文化を体感してきました。牛乳乳製品の歴史、そして消費量は日本の比ではなく、いろいろ勉強になることがあったと思います。

 

コロナ禍の今、学校が休みになって、余剰乳が大量に発生してます。農水省も、こんな動画で消費拡大をアピールしてますね。彼は、農水省牛乳乳製品課牛乳班乳業第一係長の、下村さん。

牛乳を飲む。牛乳を使って料理やお菓子を作る。乳製品を食べる。料理に使う。

そしてヨーグルトを、家で作ってみる。

旧ソ連の人たちも、多くがやってたと思うけど、家でヨーグルトを作ってみよう

 

牛乳消費が拡大して酪農家さんが助かるし、免疫力が高まってコロナ予防につながるし、一石二鳥も三鳥も四鳥も五鳥も・・・・


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