大河ドラマの前から保護史跡〔6164〕2020/03/01
2020年3月1日(日)晴れ
良いお天気の日曜部です。今日は日曜市、やってますが、来週と再来週はやらんそうです。新型コロナウィルスの影響。高知市でも始めての感染者がでた、ということで、昨日からそのニュースが溢れてます。
感染元がはっきりしてるみたいなので、こっからの拡大を防ぐのが喫緊の課題ですね。人の多いところは避けておきましょう。そして手洗い万全に。早く終息せんことには、街の元気がシャレにならん状態になってきてるようです。世の中、何が起こるかわからない。まずは手洗いうがい、そして免疫力を高めましょう。
そんな訳で、今朝は五台山。ほとんど誰もいない山道を駆け上がってきました。昨日の雨があがり、山は濡れて朝日に輝く。雨に濡れた山、好きです。
五台山の中腹に、伊達兵部さんの墓所があるのはご承知の通り。でもこの伊達兵部という人物はね、歴史の教科書にでてくるような有名な人物ではありません。江戸時代前期、仙台伊達藩でおきたお家騒動、いわゆる「伊達騒動」の中心人物の一人。
ヒトんくの、ゴチャゴチャしたお家騒動ですきに、普通ならば僕ら土佐人にはほとんど関係ない、どうでも良い話ね。その事件で世の中が動いたりする訳でもない、ただのお家騒動ですきんねー。
やはりこの人物を有名にしたのは、NHK大河ドラマ「樅ノ木は残った」でしょう。山本周五郎の、それまでの伊達騒動の通説をひっくり返すような思い切ったストーリーの小説が原作。なかなかややこしくて面倒くさいストーリー(お家騒動ですもの)なんですが、平均視聴率は21%だから、今の大河と比べたらなかなかの成績。
伊達兵部は、伊達騒動の片側の首謀者ということで、事件後、山内家預かりになって土佐で蟄居させられ、土佐で亡くなり、火葬にされた後、ここに埋葬されたのでありました。
亡くなったときには幕府から検死の使節が土佐へ下向し、それを布師田で土佐藩士が出迎えた、という話、こないだ書きました。
それはともかく、伊達兵部さんが、このように立派に高知市の保護史跡に指定されたのは、NHKの大河で有名になったから、と、思ってました。
ところが。この「高知市保護史跡 伊達兵部宗勝墓」と刻まれた標柱の側面には、「指定 昭和四十二年三月十三日」と、あります。昭和42年。
NHK大河で「樅ノ木は残った」をやったのは昭和45年だから、その3年前に指定されてたことになります。NHK大河と関係なく、高知では、ここを保護史跡に指定していたのか。なかなかやるではないか。
五台山では、各所に「伊達兵部墓」という案内版があります。あの大河ドラマから半世紀が経過した今、伊達兵部って誰?と思ってる高知県人も多いと思うけど、まあ、小説の「樅ノ木は残った」を読んでみてください。
そこに出てくる仙台藩重要人物の一人、柴田外記は、長宗我部元親の実の孫。その波乱万丈は、幾度かこのにっこりでもご紹介してます。
とまあ、誰にも濃厚接触せずに五台山を走って帰ってきて、このにっこりを書いてるところへ、明日の高知県酪農連合協議会の乳質審査会が延期になったという連絡が入ってきました。
本当。早く終息することを祈るばかり。手洗いうがい、ヨーグルト。