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パン→ミルク→おかず〔6035〕2019/10/24

パン→ミルク→おかず

2019年10月24日(木)雨

雨の百石町。午前5時。

高知の風景、変わったけど、この界隈の激変振りも、すごいものがあります。そもそもこの道路も新しいし。

 

この右が百石町。左が北竹島町。その東に竹島町。以前に書いたことあるけど、昭和35年の竹島町の世帯数は、「1」。人口は4人。ほんのこないだまで、そんな人口だった竹島町。

その直後、1960年代の航空写真が、これ。今立ってるのが、この十字の場所ということ考えると、風景、変わりましたねー。

 

でも、1960年代でも、この北東にはすでに住宅が押し寄せてますね。つまり、まだ、竹島町界隈は市街化調整区域だったことが想像できます。1970年代になるとこんな感じで、調整、外れてます。つまり、この市街化調整区域というのは、なかなかの威力がある訳で、農地を持ってたりする方々は、直接利害に関係するから、大変。

 

それはともかく。

この右手のレストランは、「一汁三菜食堂」。地元のサニーフーヅ様が展開されてる、おかず食堂。昔は、街のあちこちにあった、おかず食堂を現代的にアレンジしたものね。

ショーケースに並ぶおかずから好きなのを取ってくるスタイル。この一汁三菜食堂は、地元の食材を多く使ってますし、リープルもあったりするから、素晴らしい。

 

一汁三菜。ウィキによると、元々は日本料理のなかの本膳料理のメニューとして、あったものらしい。けど、まあ、贅沢せず、バランスの良い食事をしましょうね、くらいの感じで、僕は使ってきました。

それで思い出すのが、小学校の頃の学校給食。もちろん先生によって給食の指導の方法、違ってましたが、今でも覚えてる指導法があります。

 

パン→ミルク→おかず→パン→ミルク→おかず

 

この順番で、それこそ黙って黙々と食べなさい、という指導。これ、今考えると、かなりすごい指導法ですね。まあ、ベビーブームで学校に溢れ出したおびただしい子供たちに、給食を、スピーディーに残さず食べさせる方法として編み出されたのかどうなのか。

 

ごはん→牛乳→おかず

ではないのが、時代ですなー。給食にごはんが出てきた記憶は、水泳大会の日の五目ご飯とか、小学校を通じても数えるほどしかありません。普段は、コッペパン。割と、好きでした。コッペパン。

そして脱脂粉乳。高知市の学校給食に牛乳が導入されるのはかなり遅かったので、卒業するまで、牛乳の日もあれば脱脂粉乳の日もある、てな感じでした。

全部牛乳に切り替えれば良いのに、なんで脱脂粉乳にこだわってたのか。予算の関係なんでしょうかね。あの脱脂粉乳で牛乳嫌いになった子は、多いと思う。

 

ここが、こんな風景だった頃、僕の給食は、パン→ミルク→おかず、だった。


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