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山の上の月と雲〔5906〕2019/06/17

山の上の月と雲

2019年6月17日(月)晴れ

良いお天気の月曜日。梅雨は、まだ。心地よい爽やかな風の中、自転車で出勤してきました。月曜日の朝がこんな気候だと、とても気分は良いですな。

 

写真は、今朝4時前。青柳橋の上から、西に沈みゆくお月様を撮影しました。今晩が満月なので、とても明るいまん丸お月様が南嶺の上に浮かんでました。烏帽子山のテレビ塔が見えます。そのテレビ塔の真上。不思議な雲。紙縒りのような、羽根のような、天から降りてきたような、不思議な雲。なんなんでしょうかね。沈みゆく満月の横に、なにかが天から降りてくるような、なにかが天へ吸い上げられていくような、そんな雲が立ってました。

 

飛行機雲の痕跡なのかも知れんけど、もっとなんか、不思議な超自然現象的な感じに見えてました。天と地をつなぐものかのような。古来、人類は、こんな風景から神や悪魔の存在を信じたり崇めたりしてきたんだろう、と思ったことでした。古来、飛行機雲はなかったと思うけど。

 

なんか、「はげ山の一夜」を思い出しました。

ムソルグスキーの「はげ山の一夜」、ご存知ですよね。交響詩「はげ山の一夜」。家にレコードがあったので、僕は子供の頃から幾度も聴いて親しんできた、「はげ山の一夜」。ケテルビーの「ペルシャの市場にて」とカップリングになってたやつだと記憶します。

はげ山の上で繰り広げられる悪魔の饗宴を、独特のおどろおどろしさで描く演奏。子供にはかなり刺激的だったので、結構強烈な幼児体験として今も記憶に刻み付けられてる「はげ山の一夜」。

 

その「はげ山の一夜」は、終盤、悪魔の饗宴が繰り広げられたはげ山も夜明けを迎える。教会の鐘が鳴り、朝日が昇り、悪魔は退散してハッピーエンド、という筋立てになっております。

元々、ムソルグスキーがピアノ曲として作曲したもので、全然知られてなかった作品。未発表だったし。それを、ムソルグスキー没後の1881年に、リムスキー・コルサコフがムソルグスキーの才能を世に知らしめたいとして編曲、発表したのが、今も有名なオーケストラ演奏による「はげ山の一夜」。ここまでは、僕も、知ってました。

 

ひまわり文庫、6月の新刊でご紹介した、片山杜秀「音楽放浪記 世界之巻」を読んでると、なんか、とんでもない「はげ山の一夜」が存在するらしいことを書いている。ルネ・レイボヴィッツという個性的な指揮者による演奏の存在。基本はリムスキー・コルサコフの編曲なんだけども、効果を盛り上げるために打楽器を追加したり、ファゴットをコントラファゴットに変えてみたり、果ては山上に吹き荒れる風を表現するために、ウィンドマシーンで風の音を作ったりの暴れ放題。極め付けは、終盤のコーダ。原曲では、夜明けとともに悪魔は退散し、教会の鐘が鳴り、美しく静かに終わることになっているのだが、レイボヴィッツは違う。静かに終わると見せかけといて、再び悪魔が姿を現し、派手に悪魔への讃歌を絢爛と掲げながらフィナーレとなるのである。指揮者がここまでやって良いのか?といった演奏らしい。

 

しかもその演奏、今もCDで買えるみたい、とのことなので、ついうっかり買ってしまいました。確かに、凄まじい演奏でした。僕の頭に子供の頃から刷り込まれている「はげ山の一夜」ではない。いや、面白かった。

 

月曜の朝っぱらから何を言いたいのかというと、不思議な自然現象から神や悪魔の存在を。古来、人類は想像して崇めてきた、という話と、ものの解釈にはいろんなやり方、側面があって、自由である、ということ。

大切なのは、自分。自分がどう思うか。どう感じるか。何を信じ、どう解釈し、どうやって行動、表現するのかが、大切だということね。

という、とってつけたような纏めになりましたが、月曜日。今週も忙しく始まります。

 

さあ。仕事仕事。


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