野市町深渕〔5792〕2019/02/23
2019年2月23日(土)晴れ
昨夜は雨。雨が降ってました。雨の中、ある会合に出席してまして、挨拶をせんといかんかった。そこで話題にしたのが、この冬の暖かさ。この冬、高知市が氷点下になった日は何回あったと思います?気象庁のホームページで調べてみたら、なんと3回。3回しかない。2月2日の-0.7℃、元旦-0.3℃、そして12月30日の-0.3℃。3回こっきり。
去年の冬はと調べてみたら、12月は3回だけれども、1月12回で2月も11回。しかも氷点下4.6℃とかいう日もあって、かなり冷え込んだ去年の冬。それに比して今年の暖かいこと。
僕らは、そんな大自然のありように、うまく折り合いをつけながら生きていく、商売していくことが肝要、てな話ですね。
そんな暖かい土曜日。午前中は会社でお仕事してました。早朝から。で、昼前に会社を出て、野市から南国界隈を走ってきました。昨夜も食べたし、飲んだし、カロリー消費を頑張らんといけません。
ここは香南市野市町深渕。
深渕神社のことは、幾度かこのにっこりでも書いてきました。野市の古い古い集落、深渕に鎮座まします延喜式内社。つまり由緒ありまくりの、古社。
でも、今の深渕神社は、明治25年に遷座してきたもの。物部川の大洪水で神社もろとも、全部流されてしまったから。
明治25年当時、深渕神社は、十善寺という場所に鎮座しておりました。調べてみたら、旧国道の物部川橋東詰のちょっと北が十善寺。そこももちろん深渕で、明治25年の豪雨による大洪水で一切合切流されてしまった十善寺。
でも、深渕神社は元々そこにあった訳ではない。深渕の原部島という地区に鎮座していたんだそう。延喜式内社であった頃は、原部島にあった訳だ。
しかし寛文年間(1661年~1666年)の物部川大洪水で壊滅的に流されてしまい、十善寺に移ったのでありました。そして明治25年にまたまた大洪水で現在地。
今日、深渕界隈を走りました。野市の、洪積台地の下、物部川河川敷に深渕の集落。その集落を抜けてしばらく走ると、少し盛り土した上に、祠が見える。行ってみました。写真のような盛り土の上の祠。小さくて荒れてるけど、ちゃんとお参りされている佇まいで鎮座まします祠。
すぐ近くで農作業をしていたおんちゃんに聞いてみました。
しかしそのおんちゃんは深渕の住人ではないそうです。「深渕の人らあがようお参りに来ゆうねえ」という話でした。
ひょっとしたら、ここが原部島なのかな?などと妄想してしまいました。
確かに河川敷。洪水で全部流されてしまいそうな場所では、あります。
大自然の営みの中で暮らす僕たち。
うまく大自然と折り合いをつけていくために、神に祈り、工夫する。時には、逃げる。どっちにしても大自然に勝つことはできない。うまく折り合いをつけていきながら、僕らのご先祖様も僕らも、この地球の上で生きていかなくてはならない、などとややこしいことを考えながら走っていた訳では、もちろんありません。
暖かい気候の中での12kmラン。ストレス発散リフレッシュのラン。ああ。最高。