しんじゅく にしぐち えきのまえ〔5725〕2018/12/18
2018年12月18日(火)晴れ
今朝は高知。昨日の写真は、童謡「たきび」の舞台となった中野区上高田の風景。「たきび」の2番の歌詞は、
さざんか さざんか 咲いた道
なので、今朝の写真は会社のサザンカ。白いサザンカが、ハラハラと花びらを散らす。サザンカの真上、桜の木の枝の向こうには、明けの明星、金星。
ところで「たきび」。
いっとき、ダイオキシンがかなり問題になった時に、たき火はどうなのか、という話が出た。出ましたよね。実際には微量でも、ダイオキシンを発生させるたき火は禁止すべきではないかとかどうとか。で、環境省にも、その類の問い合わせがかなりあったと聞きます。結論から言いますと、環境省も、積極的に推奨はできんけど、ダメとも言えない、というわかったようなわからんような見解らしい。まあ、役所としてはそんなもんだろう。
太古の昔からやってきた「たき火」を、焼却炉とかから排出されるものと一緒にしてもイカンのだろうと思う。もちろん塩ビとかを燃やすのは論外だけども、落ち葉を燃やして暖をとる、というのは人間の営みとして素敵だと思いますよね。それでも、最近、あんまり見かけんなったよね。たき火。
たき火で焼き芋。なんか、昭和の風景。
歌の歌詞の舞台、ということで言うと、昨日走った淀橋界隈も、そう。
まーるいみどりの やまてせん まんなかとおるは ちゅうおうせん
しんじゅくにしぐち えきのまえ
カメラは ヨドバシカ・メ・ラ
このCM、僕が東京に住んでた頃は、テレビでしょっちゅうやってた。これでわかるように、あのヨドバシカメラは新宿駅西口が、本店。新宿駅の西。
かつて、西新宿と北新宿は「淀橋町」という町名だった。その痕跡が「ヨドバシカメラ」。昨日は、淀橋浄水場跡地である都庁前を北上、青梅街道を西進しました。その青梅街道が神田川を渡る橋が、淀橋。ここ。橋のたもとに「淀橋の由来」と書かれた説明板。それによりますれば、「淀橋」と名付けたのは三代将軍徳川家光なんだって。
それまでは「姿見ずの橋」と呼ばれてたという。この近くに住む長者が、その財産を地中に隠す。その際、その場所が人に知れてしまうのを恐れ、埋めるのを手伝った人を殺して神田川に投げ込んだという話。で、長者と一緒に橋を渡るときに見えた人の姿が、帰るときには見えなかった、という伝説。当時は台地の間の寂しい谷間だったであろう、淀橋界隈だ。鷹狩りでその地を訪れた家光が、そんな不吉な話は良くないと言い出す。そして、淀川を思い出させる風景だったので、淀橋と呼ぶよう命じたとのこと。
爾来、淀橋。神田川が開削した台地が、淀橋台。その上につくられた浄水場が淀橋浄水場。浄水場がつくられた当時、そこは東京府豊多摩郡淀橋町だった。
昭和35年に渋谷区で設立された「藤沢写真商会」が、昭和42年、新宿区淀橋で株式会社淀橋写真商会となる。昭和49年にヨドバシカメラとなり、昭和50年、新宿西口本店開業。
西口本店が淀橋だった訳ではなくて、昭和42年に設立した淀橋写真商会が、淀橋だったのか。で、最寄りの新宿駅前にドカンっと店を出した。
淀橋浄水場が廃止になったのが昭和40年。それからの、新宿西口、西新宿開発の波に乗ったんですね。
歌詞の舞台には、色んな歴史が、ある。