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かきねのかきねのまがりかどを曲がった下宿屋〔5724〕2018/12/17

かきねのかきねのまがりかどを曲がった下宿屋

2018年12月17日(月)小雨

東京は小雨。昨日の夜の飛行機でやって来ました。今朝、西新宿でお仕事だったので、泊まりは新宿。都庁の近くに泊まってました。朝起きると、雨。雨の中、新井薬師前まで走る。武蔵野台地の起伏堪能RUNね。

 

都庁とかNSビルとか三井ビルとか京王プラザホテルとかがある、あの碁盤の目の一角。あの、いわゆる新都心は、ご承知の通り「淀橋浄水場」の跡地。玉川上水と神田上水に頼っていた大都市江戸が東京になり、人口の増加などによって衛生状態が悪化する。上水道の整備は喫緊の課題となった。そこで、武蔵野の台地の上に、巨大な浄水場がつくられることになりました。竣工は明治31年。昭和40年に東村山浄水場が完成するまで、文字通り都民の水瓶であった淀橋浄水場。

都内広くに水を供給する為、台地の下ではなくて上に作られました。当然っちゃあ、当然。

地盤が固い台地の上。広大な四角い土地。そこに高層ビルが並んだのは、必然だったのかも知れません。

 

地理院地図の土地条件図を見ると、こう。この赤っぽい部分が洪積台地。今の言い方だと更新世段丘。更新世は、約258万年前から1万年前まで。その間に浅海底となって土砂が堆積してできた段丘。たぶん、12万年前くらいの最終間氷期に堆積したのが多いと思う。

で、淀橋浄水場は、そんな台地の上だ。これを見ると、ここまで水を引くのが大変だったのがわかりますな。

台地を川が侵食する。それによってできたこの地形を南から北へ走ると、谷と丘が交互に訪れるという地形が楽しめるんでありますね。東京に坂が多いのは、こういうことだ。

 

新井薬師前駅の南東。中野区上高田3丁目。この「上高田」という地名が、台地の上の田んぼを示してますね。

この地盤の良い場所に、僕は、大学1年2年の間、下宿してました。35年前。その頃からもうかなり年季の入った建物だったのに、今もこうやって元気に建ってる姿を見ると、嬉しくなってしまいます。右手の建物の2階。僕の部屋は真ん中。3畳一間。台所風呂無し、トイレ共同。

 

で、以前もご紹介したけど、この向こうの突き当たりを右折し、すぐに左折したところに、「たきびの歌発祥の地」の説明板が立ってます。ここに住んでた頃は知る由もなし。

「たきび」を作詞した巽聖歌さんが、昭和5年頃から13年間この近所に住み、朝な夕なにこの界隈を散歩しながら作ったのが、「たきび」の歌詞なんだって。

当時、大きなケヤキの木が並ぶ「ケヤキ屋敷」と呼ばれていた大きな屋敷があった。武蔵野の森。その森の落ち葉を集めてやっていたのが、たきび。

 

何と、今も、そのケヤキはそこに立ち、かつての武蔵野の風情を今に残しているのであります。すごい。

 

現在の航空写真が、これ

僕がこの家に下宿していた頃の航空写真が、これ

そして巽聖歌さんが「たきび」の歌詞をつくった頃の写真が、これ。この風景の中で「たきび」が書かれたと思うと、感慨深いものがあります。おそるべし、地理院地図。

 

ケヤキ屋敷の風情は残り、35年の歳月を超えて下宿屋さんも、残る。僕の頭のテンコスだけが、長い長い時の流れを刻んでいる。


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