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人々は、自然のままに〔5600〕2018/08/15

人々は、自然のままに

2018年8月15日(水)降ったりやんだり

73年前。その日は、夏の日差しが照りつける暑い日だったと言います。父は、山口県の工専で勉強しており、宇部におりました。母は小学校(国民学校)の高学年で、佐川町の斗賀野に疎開していたそうです。川遊びするのが大好きで、お盆にも関わらず川で遊んで帰ってきたら、戦争が終わったと大人に聞かされたと言うてました。

 

それぞれ。どこで、どのように終戦を迎えたのかは、人それぞれ。戦争に負けて悔しい、これからの生活が不安だ、ということもあったようですが、やっと終わってホッとした、という感慨を抱いた人も多かったようです。夜、堂々と電気をつけて生活できる。何を喋っても憲兵に連行されることは、ない。国と、国民の真情に、かなりの乖離があった戦争末期。

戦後の米軍占領が、史上類を見ないくらいうまくいったとされるのは、国民が、国のやることに疲弊し、心の中に不満を蓄積させていたせいだ、という話は、説得力があります。

 

人々の思い。それをどう汲み取り、導いていくのか。

戦争に至る過程の中で、世論を誘導し、ナショナリズムを高揚させて、国のやっていることは正しい、と大衆を扇動していくことには、一旦成功した。でもそれにはやはり無理があり、疑問や不満がたまっていたので、終戦後の占領政策は実にうまく展開することができた、ということだと思う。

 

人々の思い。

ここは今朝の鏡川。潮江橋北詰西から、天神橋方面を撮影しました。73年前は、ここはどんな風景だったんでしょうか。

151年前。幕末、慶応三年の今の時期には、この河原で毎夜毎夜、何百軒もの露天が出て、「のえくり」「大仏踊り」が繰り広げられていたという話は、このにっこりでも幾度も書いてきました。自然発生的に人々が河原へ集まり始め、独特の踊りを皆で楽しむ。飲む。歌う。騒ぐ。毎夜の饗宴。

毎夜、明け方まで大勢の人で賑わったという幕末の、この河原。

どんな思いで、その人々はここに繰り出し、踊り、騒ぎ、楽しんだのでしょうか。それは自然発生的なもので、何かの拍子に皆が共鳴し合い、突然出現した毎夜の饗宴。

 

それも秋には収束し、そして毎年行われることにもならず、真夏の夜の夢として語り継がれるだけになりました。人々に、毎年やろう、という思いがなかったからでしょうか。

 

阿波踊りもよさこいも、最初のきっかけはともかく、人々の思いが自然発生的に結びついて、盛り上がり、できあがってきたもの。お祭りは、そんなもの。観光客誘致が目的のイベントでは、ない。

いや、よさこいができたきっかけは観光客誘致のイベントだったけど、異様に盛り上がる発展を見せたのは、人々の自然発生的な盛り上がりと工夫だったことは、皆さんご承知の通りですね。

楽しむ人がたくさん居て、その楽しそうな風景を見に、人々が寄ってくる。自然発生的に観光客が増える。ひろめ市場だって、最初は中心商店街活性化の為に始まったもので、観光客目的ではなかった。でも、そこで高知県人らしくたのしむ高知県人が、県外の皆さんには珍しかったようで、いつしか観光客も集まるように、なった。

 

イベンターが計画したものではなくて、人々の思いが自然発生的に集まった賑わいは、強い。

そういう民衆の心理を悪用すると、73年前のような悲しい結末を迎えることになる。人々の思いは、自然のままに。国や権力者は、その邪魔をしない。変な方向を与えない。自然のままに。

自然のままに。


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