逆走はやめよう〔5585〕2018/07/31
2018年7月31日(火)へんてこりんな天気
降ったり止んだり晴れたり。へんてこりんなお天気が続く。大阪とかは、また、最高気温37℃なんぞという予報になってます。高知も明後日くらいから晴れるのでしょうか。
そして台風12号。世にも不思議な動きを見せた台風12号、現在は九州の南で回転中で、「ループしながら再発達」して中国の方へと向かうらしい。なんだそりゃ。不思議な進路の台風として歴史に残るかも知れません。逆走ループ台風。
逆走と言えば、こないだの日曜日。北部環状線、つまりイオンの北側の片側二車線の道路を、東から西向いて車で走ってました。追越車線。ふと気付くと、正面から、一台の車がこっちに向かってくるではないか。一瞬何が起きているのかわからない。思考が混乱しつつ、これは逆走だ、と気付いてクラクションを鳴らし、ブレーキを踏む。
丁度交差点のところだったので、正面から向かってくる車に、正しい車線に戻るよう、ジェスチャーで合図を送りました。無事、その交差点で正しい車線に戻った車。ああ。ビックリした。運転手さんを見ると、若い女性でした。たぶん、イオンから出てきて右折した際に、反対車線へ気付かず入ってしまったんだと思う。身近なところにも逆走がありました。ああ。ビックリした。
写真は今朝4時半の追手筋。少し雨が降ってます。右手に真新しいオーテピア。左手に追手前高校の時計台。分離帯には生い茂るクスノキ。
片側二車線だけど、日曜市がここに出ると、追手前高校側の二車線が対面通行になります。そして夕方4時を過ぎると日曜市の撤収が始まり、5時には対面通行が終了して、このような片側二車線に戻る。毎週毎週繰り返される、風景。
よくもまあ、逆走事故が起きたりしないもんだと、感心します。長い年月の間に積み上げられたノウハウは、強いね。
そしてここはよさこい祭りの本部会場。よさこい期間、オーテピアはどうするんだろうと思ってましたが、8月9日から13日までは休館になるんだそう。年に一度やらんといかん蔵書整理を、丁度よさこいの期間に持ってきた訳だ。そりゃあそうだ。よさこい期間、踊り子さんが図書館へ涼みに入ってきたら収拾つかんし、音も凄いし。
そんな訳でお盆休みの時期には開館しているのが嬉しい。高知では、お盆休みよりよさこい休み。
この追手筋が、現在の広さに拡張されたのは昭和30年頃のこと。それまでの追手筋は、この中央分離帯の北側だけでした。その広さ。この正面の、現在の道路になっているところは、幕末頃は山内家の一族、山内太郎左衛門邸の一部。
この分離帯のクスノキは、ここが拡張された昭和30年頃に植えられたもの。
この追手筋の広さは、藩政期からあった、追手門前の広場の幅に由来します。
地理院地図の、この昭和22年に撮影された航空写真を高解像度表示でご覧ください。当時既に、土佐女子とひろめ市場の間は現在と同じ幅で、中央分離帯に樹が見えます。その東の追手筋は、上にも書いたように、分離帯の北側部分だっけ。
土佐女子とひろめ市場の間の広場は、藩政期から存在したものなんですね。だから、クスノキ、現在は巨木になってます。この写真の場所のクスノキよりも随分と大きいことに気付くと、追手筋拡幅の歴史を体感できるのであります。
日曜市は、戦後、この道路拡幅に合わせて帯屋町からここに移ってきたもの。今や、土佐観光に欠かすことのできないコンテンツ、日曜市。
ところが、かつて、交通の邪魔になる等の理由で、移転。廃止の運動があったんですね。民衆の生活文化、歴史といったものの大切さよ。今、その廃止運動をやった人に出てきてもらいたいもんだ。生活文化や民俗、歴史の大切さは、あとからシミジミわかるもの。
やっと、そういったことの大切さが叫ばれる世の中になってきました。
もう、逆走はやめましょう。