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農業用水とうなぎ〔5312〕2017/10/31

農業用水とうなぎ

2017年10月31日(火)晴れ!

農業用水というのは、灌漑の為に開削された水路であったり、自然地形の小川などを利用している場合だったり、色々。ご承知のとおり、基本、日本の平野部には、農業用水が張り巡らされている。だって、国土の基本は農業だったから。

特に、増加する人口を支えるには、平野部における稲作や畑作の進展が不可欠であった。高知の平野を見てみても、野中兼山による灌漑事業がなければ、江戸時代に増加する人口を支えることはできなかったと、思う。逆か。野中兼山の灌漑事業がなければ、人口の増加は抑制されていたのかも知れない。

 

ところで、弊社の南国工場は、かつて、田んぼであったところに昭和40年建設されました。幾度も書いてきたように、この界隈は、高知で1番の酪農地帯であったこと、そして豊かな地下水に恵まれていたことが、工場立地の決め手。

で、工場が使う水に農業用水は使わんけど、水路は工場内を走ってます。昔から。

さあ。地理院地図を見てみよう。

まず、1974年~1978年に撮影されたという、この写真。工場ができて10年ちょっと経ってますが、僕が入社したのは、こんな風景の工場だった。ここの製造係が、僕の最初の職場。

で、真ん中の十字マーク部分が、今日の写真の場所だ。ここが農業用水の交差点。工場の西側を北から流れてきた野業用水と、工場の東を流れてきて工場南東隅で斜めに折れ、南西に流れてきた農業用水の交差点。それが、ここ。

昔から用水の交差点で、仕組みが面白く、子供の頃、飽きもせずにこの風景を眺めていたことを思い出します。

 

工場ができる前はどうだったのか。

終戦直後の昭和22年の航空写真。これは単写真なので、これの「高解像度表示」をクリックし、物部川沿い、物部川橋の南側を拡大してみてください。そしてこの、1974年~78年の写真と比較してみる。あるでしょ?農業用水。

そう。そこにあった農業用水は、工場ができても、そのまま同じ場所を流れている。

それが、現在の航空写真になるとどうなのか。これ

はい、工場の東から斜めに、南西に流れていた用水は、新しくてきた建物をまわるように、直角に付け替えられています。

そう。農業用水の流路変更。これ、結構大変でした。

 

今朝の写真。その銀色の建物が、弊社第二工場。こだわり部門という、小ロットでこだわった商品や、デザート類はここでつくってます。

 

農業用水ですが、昔、うなぎか居ました。

この第二工場がなくて、農業用水が斜めに流れていたあの頃。その水路に、時々、うなぎが居ました。仕事が終わった後、水路にぞぶりこんで、うなぎを手掴みできました。手がニュルニュルと滑るので、使わんなった古いナイロンたわしを使用。ナイロンたわしで掴むと、うまく獲れたうなぎさん。

うなぎの出荷場がこの南にあったので、そこから逃げ出してきたものと言われてましたね。

 

物部川の河口近く、前浜のテトラでは、牡蠣が獲れた。

水路でうなぎを捕まえ、前浜のテトラで牡蠣を獲ってくる。1974年~1978年の航空写真でわかるように、この南側は、2棟建ての社宅との間が空き地になっていたので、そこで、手近なところで調達したうなぎや牡蠣を焼いて食べる。今思い出しても良い時代でした。

 

この農業用水をみると、あの、うなぎを捕まえた風景を思い出す。


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