山内家下屋敷を鏡川対岸より眺める〔506〕2004/09/03
2004年9月3日(金)快晴!
今朝の高知市は爽やかな風が心地よい「秋晴れ!」ってな感じになりました。窓を開けて寝よりましたら、朝方は寒かったです。季節は着実に移っていくんですな。
さて、昨日のにっこりでは、山内家下屋敷、通称散田邸の址をご紹介しました。今日は同じ場所を、南の鏡川対岸から撮影してみました。「三翠園」という大きな建物の建っちゅう所が下屋敷のあった場所でございます。左の森は「山内神社」。この辺りの河原が「柳原」。写真中央部の土手を越える道路に、ひまわり太郎が子供の頃には「ひやしあめ」を売る屋台が出ちょりましたね。
そこから山内神社の森に入ってすぐ左手に「馬場孤蝶」の歌碑があります。明治期の、土佐には珍しいロマン派の文人です。この森から向こう側へ降りた場所は、現在は「鷹匠公園」というきれいな公園になっちょりますが、ここが山内容堂公の住んでおった場所。5月頃には、ここの生け垣のところにたくさんの薔薇が花を咲かせて非常に華やかです。
この写真の真ん中あたりの鏡川に架かっちょったのが「南国橋」。このにっこりでも何度かご紹介しましたが、欄干のとても低い、こぢんまりした橋でした。
この辺り、今ではもちろん遊泳禁止なのでありますが、ひまわり太郎はちっくと苦い想いでがあります。まだ小学校に上がる前やったと思いますが、真夏のこぢゃんと暑い日、聖泉幼稚園の友達と、この川へ入って遊んだのであります。もちろん大人は居ませんし、それ程泳げる訳でもありません。それを見つけた大人に叱られながら河原へ引き上げられました。今考えても怖い話です。
南与力町の家へ帰りまして、おばあちゃんに、手の甲のところに大きなお灸をすえられました。まいあがるばあ熱かったことを覚えちょります。