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今日のにっこりひまわり 毎日健康社員日記

仏像構造線そのものの谷〔4364〕2015/03/28

仏像構造線そのものの谷

2015年3月27日(土)晴れ!

今日も良いお天気。故あって、朝から高知学芸高校に来ちょります。いや〜、良いお天気で心地良いですな。

昨日、中の島のトン先から浦戸湾方面を眺め、最終氷期の頃の風景を妄想しました。でですね、現在の高知平野と浦戸湾に堆積する沖積層の下、つまり、この1万年くらいで堆積した柔らかい砂泥の下の層はどんなになっちゅうがやろうか、と思うて、調べてみました。するとありました、ありました。沖積層の基底部には、洪積世に形成された砂礫層。これが、高知市の平野部に立つ高層建築の基盤になっちゅうがでしょうか。

え〜と。
洪積世に形成された段丘面は、現在の海水面を基準にして、概ね、-10m、-20m、-30mの部分で段々になっちゅうにかありません。愛宕から高知城界隈に-10mの段丘面。追手筋界隈にまで-20m段丘面が舌状にせり出し、そして、潮江や下知には-30の段丘面が、これも舌状にせり出しちょります。百石と潮江の間や、潮江と下知の間には深く谷が切れ込み、そこに、古鏡川や古久万川が流れ込んでいる風景が想像できます。中の島のトン先は、そんな谷間。海水面が今から-40mくらいの時代には、古浦戸湾が切れ込んでいた谷。あの写真で言えば、右手に、潮江の細長い丘が古浦戸湾に突き出しておった訳だ。なるほど。

さて。学芸高校から南を見ると、南嶺。南嶺も、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに沈み込むことによってできた付加帯。西から根木谷、そして柏尾山、烏帽子山。
今日は、ちくと時間をつくって、ここへ行ってきました。神田から治国谷へ抜け、おおなろ園の方へ上がったところ。写真は、おおなろ園から西へ少し下った場所から、西に延びる谷を撮影したもの。そう。この直線状の谷が、仏像構造線そのものなのでありますね。

仏像構造線から北は、ジュラ紀から白亜紀の時代に形成された付加帯、秩父帯。南側は、白亜紀から第三紀に形成された付加帯、四万十帯。断層、仏像構造線によってはっきりと区別されちょります。この直線状の谷は、断層によって形成された谷。右手が秩父帯で、左手が四万十帯、という訳だ。たぶん。

写真左端に不思議なコンクリートのオブジェ。これは、以前にもご紹介したことのある、石灰石運搬用のロープウェイの支柱の痕跡。この断層をまっすぐ西へ行った吉良ヶ峰鉱山で採掘された石灰石は、そのロープウェイで、桟橋の日本セメントまで運ばれておりました。
そうか。ロープウェイのルートは、直線状である仏像構造線に沿うようになっちょったがかも知れません。直線状なので、敷設しやすかったでしょうきんね。

石灰石鉱山も、それを運搬するロープウェイも、付加帯と断層の恩恵を受けてできたものである、ということになります。

歴史、文化は、その地形の成り立ちに大きな影響を受けながら形成されてきました。地球の大いなる営みによってダイナミックに地形が形成され、そこに生物が生まれ、人類が生まれて地球を移動し、文化を花咲かせる。なんか、すごい。


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