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大豊、八畝、怒田、見事な棚田と地滑りとケール〔4306〕2015/01/29

大豊、八畝、怒田、見事な棚田と地滑りとケール

2015年1月29日(木)薄曇り

今日は高知。昨日、名古屋から滋賀県に寄り、汽車でモンて来ました。滋賀県ではかなりの雪が降りよりましたが、京都まで帰ってくると、晴れ。ひと山越えただけで、随分と気候が違うものです。

ここは八畝。ようね。高知県の山間部。大豊町八畝。向こうの斜面の集落が怒田。ぬた。このにっこりでも、何度かご紹介してきました。弊社が誇る青汁「菜食健美」の原材料の主産地。この地域では、主にケールを栽培してもらいよります。

「菜食健美」の原材料となる野菜は、ほぼ100%、ここ、大豊町での契約栽培。契約農家は70軒にならんとしております。大豊町と申しましても広いのですが、北は愛媛県境の立川、南は香美市との境の天坪、上は、梶ヶ森直下の和田、そしてここ、八畝、怒田という地区などなど。
年に一度、その生産者の皆さんとの打ち合わせ会があります。その年の、個人別の契約料を決めたり栽培の仕方を確認したり、種を配布したり、という会合。今年の会合が、今日明日の2日間、3ヶ所の会場で行われるのでありますね。

今日は、あの、向こうの斜面、怒田の集会所で開催。なんとか時間を作って、来ることができました。なんと言うたち、「菜食健美」は弊社宅配の主力商品。九州から関東まで宅配エリアが広がり、これからも伸長が期待される商品なので、生産者さんとのつながりを大切にせんといけません。

しかし、すごい棚田です。この手前の棚田をご覧ください。よくぞまあこんな所に、というような、狭い小さな場所にまで、キチンとつくっちょります。
国道32号線から上がってくると、途中、この先にヒトが住んじゅうがやろうか、と心配になりますが、上がってきてビックリ。このような、結構広い集落が開けちゅうのであります。

ヒトは、何故、苦労してこんな場所を開墾し、住むようになったのか。不思議に感じてしまうほどの土地。
民俗学の巨人、宮本常一さんの本を読んでおりますと、山を拓いた人々の話がたくさん出てきます。四国の山中、奥深くの高地に、唐突に存在する集落は、平家など、何らかの理由で里に住めんなった人々が住みついて拓いた集落であるケースが多いとのこと。
もう一つのケースは、平地の集落から、谷に沿って上へ上へと開拓が進んでいったケース。

ここは、一番目のケースが当てはまりそうですが、それにしてはちょっと集落の規模が大きく、開け過ぎちゅうような気もします。

間違いないのは、ここが、水に恵まれちゅうということ。なので、このような棚田が苦労の果てにつくられ、今も、人々の暮らしを支えております。
宮本常一さんは、こうも書きます。水が豊富で棚田がつくられた場所は、必ずと言って良いほど地滑り地帯であると。考えてみれば当然で、山が豊かな水を含み、岩盤と表土の間を流れておる、ということは、大雨が降ったら地滑りしやすい、ということ。
大豊町は、昔から、地滑りと戦い続けてきた町。ここも例外でなく、昨年の大雨でも大規模地滑りの危険が高まって、住民が長期間避難したりしちょりました。

地滑り危険地域とはわかっちょっても、水が豊富、という利点が魅力的なので、昔から人々が住み、暮らしてきた集落。

今は、お米が儲けんなり、若者が町へ出て行ってしもうて、放棄される棚田も増えてきました。そんな場所を畑にし、ケールを植えて下さっちゅう方がいらっしゃいます。そんな方をもっともっと増やし、山が元気になっていくことを夢見る毎日です。

かつて、ここにはたくさんの老若男女が暮らし、小学校もありました。
あの斜面の怒田にあった小学校。その跡地には、集会所ができました。
そこで、今から、「菜食健美」原料野菜栽培の打ち合わせ会をやってきます。


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