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名古屋の味噌スキ、熱田神宮、熱田台地〔4305〕2015/01/28

名古屋の味噌スキ、熱田神宮、熱田台地

2015年1月28日(水)名古屋は晴れだがや

今朝は名古屋。昨日の午後、東京から新幹線で移動してきました。
昨夜は、お客様と、名古屋駅近くの老舗で味噌スキ。生まれて初めての体験、味噌スキ。名古屋は、とにかく何でもかんでも八丁味噌、というイメージがありますが、この料理はその最たるものの一つではないでしょうか。八丁味噌をドロドロに溶かした鳥の茹で汁を割り下にして、スキ焼きをする、というもの。いや〜、初っ端、八丁味噌をたっぷりと投入して溶かし始めたところから、もう、名古屋感満載。ちょっとクセになりそうな、そんな濃厚極まりない名古屋ならではのお料理を堪能しました。締めは、その濃厚なドロドロに、きしめん投入。ああ。名古屋。

そんな訳で、今朝は名古屋駅前から熱田神宮往復ラン。12km。最近名古屋へ来ると、これがオヤクソクになってきました。
いつものように、堀川沿いを南下。途中、東へ上がって伏見通りを熱田神宮まで走ってみました。地形堪能ラン。
熱田神宮は、以前にもご紹介した通り、洪積台地である熱田台地の南端に鎮座まします。名古屋城は、熱田台地の北端。名古屋城のところから熱田台地は東の山へと繋がっていっちょります。典型的洪積台地。

伏見通りは、その台地の尾根筋を通る道にかありません。堀川よりはだいぶ標高が高い。堀川が一番低いかというとそうではなく、その西はもっと低うなっちょります。堀川の途中に松重閘門というのがありました。昭和の始め頃、堀川を往来する船が激増して限界になったので、堀川から西南へ、名古屋港へと抜ける中川運河を抜いたのでありますが、その水位は、堀川より随分低く、松重閘門でパナマ運河みたいに段差のある水位をつないで船を通しよりました。
熱田台地。洪積台地。

高知では、長岡台地が典型的な洪積台地。大阪では、谷町筋の上町台地が典型的洪積台地。大阪城は、その台地の北端に聳り立っちゅう、という話は何度も書きました。

ここ、名古屋の成立を見てみましょう。
まず、650万年から100万年前くらいまでは、東海湖と名付けられる広大な湖沼、湿地帯でした。で、100万年前頃から養老断層に向こうて地形が傾斜、東が高く西が低い、という濃尾平野の地形が形成され始めます。
で、10万年ちょっと前。洪積世。熱田海進と呼ばれる、大規模な海面上昇がありました。つまり、現在の名古屋市街地は全部海没。で、その海底に、山から流されてきた大量の土砂が堆積。これが洪積層になる訳だ。

その後、2万年くらい前に寒冷化が進んで海面が低下。堆積した土砂が地表となり、海抜が高くなったところに、矢田川が流れてきて侵食、台地の形状を形成しました。
その後、縄文時代の温暖化で一度海没しますが、再び海退し、木曽三川などが運んでくる大量の土砂が堆積して沖積平野をつくって、現在の広大な濃尾平野ができあがった、という訳ですな。面白い。

写真は、今朝、夜明け前の熱田神宮さん。
今朝も5時前に起き出して、走ってきました。早朝、まだ暗いというのに、絶え間なく、善男善女が訪れる熱田神宮さん。台地の先っぽ、ということで、弥生の昔から、人が営みを繰り返してきたであろう熱田。上町台地の先っぽに弥生集落があったのと同じ。

そんな古い土地は、いつしか信仰の森となりました。


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