社会構造、社会学、経済学〔4063〕2014/05/31
2014年5月31日(土)晴れ!
昨日は、久々に会社から走って帰りました。このところ宴会続きで全然走れちゃあせんので、走りはじめの身体の重たいこと重たいこと。こじゃんと苦しい。しかし汗が出るに連れて軽くなり、10kmを超えた辺りからビュンビュン、という感じでした。やっぱし走りよらんといけません。
ここは今朝の菜園場。昨日、走って帰ったので、今朝は空港バスに乗っての出勤。菜園場バス停から乗るので、付近をちっくと散策してきました。ここは映画館の廃墟。
映画が娯楽の王様であった時代。昭和33年には、県下に141館、高知市内に34館あったという映画館。しかし社会構造の変化の中で減少し、とどめはシネコン。ついこないだまで高知市内にあったピンク映画館の小劇も廃館になり、市内に残るシネコン以外の映画館はあたご劇場のみ。あと、安田町で大心劇場さんが頑張っておられます。
ここを初めてご紹介したのは9年前。2005年6月2日。周辺の風景は変わろうとも、ここだけは、時間が止まっています。40年以上前に廃館となったと思われる映画館は、今も、そこが映画館であったことを主張するかのように、ひっそりと、そのままの姿でたたずんじょります。
映画館が街から姿を消していったのは、社会構造の変化が大きな要因。そんな中、市内中心部の映画館跡で、また、映画を上映し始めようという動きをされておる方がいらっしゃいます。安藤モモ子さん。すごいですね。なんとか応援しちゃらんといけません。
少し大きなテーマ。
今、すべての機能が大都市に集中し、地方都市は大手資本の商業施設が幅を利かせ、その他は衰退していく。これは社会の問題なのか経済の問題なのか。
地域経済学という学問があります。これは、大学では、経済学部に属し、経済学の領域。ところが、そこで研究しなければならないことは、社会の仕組み。地域の経済をこれからどうしていくかは、地域の社会に深く関わる問題で、ここでは経済学というより社会学。
農業分野では、大きく変化している日本の農業のあり方を考えるのは農業社会学であり、農業経済学で、これをやっているのは農学部。
マックス・ヴェーバーが、経済学者であり社会学者であったように、もう、この辺の学問はどれもこれも密接に結びつき、境目が無い。
そして、小生が考えるに、とてつもなく重要な学問。間違いなく。
たぶん、日本の経済、社会として、目先のこと、効率を考えると、儲かってない分野から手を引いて、非効率な分野への投資をやめて、東京や名古屋を中心とした、目先のお金を稼ぐ分野に特化して行った方が良いに決まっています。しかし。
それで、将来の日本が大丈夫なのか。幸せな日本になるのか。そんな国に住みたいのか。そんなことを考えてしまいます。
もちろん、製造業を始めとする、国際競争力を強化していくことは、重要なこと。それで成り立つ都市に人々が集中するのも、自然の理。
しかし、日本を日本たらしめているのは、圧倒的な広さの国土で暮らす地域の人々であり、地域の産業である、ということは、間違いないことであると考えます。中山間や、海辺の街。そこでの生業があってこその日本。それは、小生の、生物としての直感が教えてくれます。
豊かな自然や作物に恵まれた地方があって、初めて、豊かな国土が形成され、豊かな都市生活も可能となる。これは、もう、絶対的真理であると思います。
目の前の合理的効率的経済だけを見ると、農産物は安い輸入品ですませ、製造業と商社機能で日本は生きて行く、という姿が見えてきますが、そんな国に、私は住みたくもない。それは、決して幸せな社会ではない、幸せな国ではない。
奥深い山にも人々が暮らし、生業を持ち、その広大なる底辺の上に地方都市が成り立ち、大都市が栄える。この順番。
そんなこと、もう、無理と言うてしまえばそれまでで、まだなんとかなる、なんとかせんといかん、と考えるのが地域経済学であり社会学であり農業経済学である、と考えるのであります。なので、とてつもなく重要な学問。
経済界とかの勝手な言い分に左右されず(経済界は目先の利益が何よりも重要なので)、本当に日本の社会としてどうあるべきかを、キチンと考えていくこと。そしてそんな社会を実現していくこと。そんな学問が発展し、国土の隅々までは幸せな日本になることを夢見る今日この頃です。
映画館の廃墟を見て、朝っぱらから何を妄想しゆうことやら。