神社の決まりごと〔3760〕2013/08/01
2013年8月1日(木)あづい・・
今日もお暑うございます。8月になってしまいました。昨日のお昼、土佐神社さんにお参りして、本殿背後の小径を通って、つぶて石の方へと森の中を歩きよりましたら、ツクツクボウシ。そうか。もう8月。夏はあっという間にやって来て、居座りました。夕立もない、暑い暑い日々。夜、家に帰って、水のシャワーを浴びるがが恒例になってしまいました。これほどの夏が、曾てあったでしょうか。
ここは今朝の野市、上岡八幡宮さん。もう、この写真を見るだけで暑さが伝わってきませんでしょうか。実際、暑い。
上岡八幡宮さんは、物部川沿いの、野市の段丘の端っこの山、上岡山に鎮座まします。拝殿から南東に、石段を下ると、ちょっと広くなった境内。その境内は、段丘の上。境内を突っ切る参道を南東へ進むと、ここ。入り口の鳥居、狛犬、燈籠。ここで参道は段丘を下ります。4mくらいあるでしょうか。その狛犬の向こうで下り、段丘の下に広がる農地へ。
まっすぐ向こうに、畑の間の参道が延びちょります。戦争で破壊されたまんまの鳥居の痕跡まで。あの破壊された鳥居が、一の鳥居やったがでしょうか。
不思議なのは、あの鳥居の向こうには道は無い、ということ。畑の畦道を通らんと、あそこへは行けません。なんとなく、あの鳥居痕跡からまっすぐ南東に参道が続いちょりそうですが、行き止まり。
この八幡様の成り立ちに遠因があるのでありましょうか。謎は深まる夏の朝。
ところで参道。
ご承知の通り、神社の参道は、真ん中は神様の通り道ということで、通られんとも言います。で、右側通行なのか左側通行なのかは、決まっちょりません。神社によって違うし、特に指定されてもないケースも多い。
ついでに申しますれば、拝殿にて参拝する際も、ど真ん中に立って拝むのはいかがなものか、とされちょります。何故か。
以前、神職の方に聞いたことがありますが、とにかく、神様の真正面に立つ、というのはちくと畏れ多い、ということながでしょう。
もうひとつ、ついでの饅頭に申しますれば、参拝する際の手の合わせ方。右手と左手の掌をピタリと合わせちょいて、右手をちょっとだけずり下げる。
これは、神様に対してへりくだる、という意味と聞いたことがあります。間違うちょったらすみません。
神社は、古来の自然信仰が受け継がれてきたもの。ですきに、色んな風習、習俗が、それぞれの地域、それぞれのお宮さんにありますが、なんとなく統一されちゅう風習もあります。それが、上に書いたような決まりごと。
不思議ですが、なんとなく、罰が当たるがも嫌なので、従うてしまう決まりごと。キリスト教やイスラム教のように、戒律で決められちゅう訳ではない、しかし見事に統一されたきまりごと。
日本人は、不思議に、統一性を持ったことをやりたがる気がします。善し悪しは別にして。
神社での風習、習俗、決まりごとは、そんなものの一つ。戒律ではない、風習、習俗、決まりごと。