宇多津、青ノ山、瀬戸大橋、時間の流れ〔3613〕2013/03/07
2013年3月7日(木)晴れ!
昨夜は広島でした。会合と2次会に出席、こじゃんと有意義な時間を過ごさせて頂いた後、21時過ぎの新幹線に乗って岡山。そっから特急しおかぜに乗って香川県の宇多津へ。そこで、泊まりました。昨日のうちに高知まで戻ってくることはできんとわかっちょりましたので、宇多津のホテルに車を停めちょったがです。で、今朝、朝の会議に間に合うように宇多津からモンて来ました。
昨夜は、飲んじょりましたので、岡山駅で寝過ごさんように、必死で起きちょりました。新神戸まで行ったらオオゴト。
さて、ここは宇多津の青ノ山。標高224.5mの、てっぺんに古墳群がある山。そこから眺める瀬戸内海、そして瀬戸大橋は絶景。
今朝は、頂上の北側に張り出した展望台から撮影してみました。黄砂というのかなんというのか、かなり霞んじょります。本州の方までは見えん状態。ですけんど、まあ、キレイ。
坂出の工業地帯が右下に見えます。たしか、40年前、小学校の修学旅行で、あの界隈の火力発電所の見学に行ったという記憶があります。当時は、ここに橋が架かるなんぞということは、夢にも思うちょりませんでした。ほとんどSFの世界。それが、あれよあれよと言う間にできてしもうたがには恐れ入ります。
この眼下の瀬戸大橋が開通したがは1988年。つまり昭和63年。昭和が終わる前の年。今から25年も前になるがですな。つい、こないだみたいに感じますが。私も、もう、仕事をし始めて3年目でした。つい、こないだ。
しかし、四半世紀と言いますと、ひと昔。
瀬戸大橋が開通した当時の騒ぎは、今でも思い出します。与島のフィッシャーマンズワーフが大人気。ここ宇多津のゴールドタワーもすごかった。界隈の観光施設もすごい人気で、観光客が溢れる日々。
しかし、与島の施設は今はもうありません。ゴールドタワーも経営が変わってしまい、瀬戸大橋自体が観光になることは、もう、ありません。ブームや人工的な施設に頼ることの危うさ。
そんなのに乗っかるより、大切なのは地道な努力と想い。
今年も、瀬戸内国際芸術祭が開催されます。橋も架からなかった、不便な島々が、圧倒的な観光客を集めます。これは、地道で、継続的で、想いの溢れた努力の賜物。一生懸命考え、努力し、ここまでもってきました。ホントに頭が下がります。まちづくりは、こうあるべき、というお手本だと思います。
理念や想いのない、短絡的で目先利益、自分の利益だけを考えたものに未来はなく、継続的で地道で想いの溢れた努力こそに未来がある。それがよくわかります。この25年でやってきたことの、その結果。
この青ノ山も、25年前は観光役で溢れたことでしょう。景観は抜群ですき。今でも、キレイな瀬戸内海と瀬戸大橋の風景を眺めれる良いスポットであることは間違いございません。
ただ、25年経過すると、山頂付近の樹々が成長、360度の景観ではなくなってしまいました。北に張り出したここからは良い眺めですが、広い山頂界隈からは、山頂周囲の樹々が邪魔になって海も橋も見えんなっちょりました。
せっかくですき、もうちょっと見えるように樹々を伐採し、古墳群としての整備を進めると、生き返ってくるかも知れない青ノ山。
いや、元の、悠久の歴史を秘めた、静かな静かな山に戻るのも、それはそれで良いのかも知れません。人間が橋をつくったり、それで浮かれたり、飽きたり、忘れたり、という営みは、自然にとってはアッと言う間のできごと。
ここからの眺めは、40年前の修学旅行、25年前の狂騒、それからの変遷を一度に見渡す事ができ、大自然の営みと人間の時間の短さを体感させてくれるのであります。