大湊小学校、掩体壕、防災訓練、学校の先生〔3508〕2012/11/22
2012年11月22日(木)小雨
小雨。今日、明日は降るにかありません。カシオのゴルフがありますき、晴れるとエイですね。
ここは南国市前浜。大湊小学校のしゅっと北。以前にもご紹介したことのある掩体壕。今の高知空港の場所に海軍航空隊の飛行場ができ、敵の攻撃から守るためにつくられた飛行機の格納庫。当時の平面図を見てみますと、27個くらい見えます。主に、練習機白菊を格納した掩体壕。
この掩体壕は、珍しく、その中を道路と水路が貫通しちゅうもの。後側から撮影してみました。向こうに見えるのは大湊小学校。
こないだ、この大湊小学校の先生が来社されちょりました。今、授業で、地域の歴史や防災の勉強をしゆうそうです。で、過去の南海地震の碑などを調べよって、このにっこりひまわりに行き当たったそうで、そんな話をしに来られた訳です。
嬉しいですね。地元の小学校の先生が、地元の歴史や先人の知恵、戒めを子供達に伝えていく。素晴らしいこと。そんな先生が増えてくれるといいです。
授業では、この掩体壕のことも学習したそうです。近年、7基が現存する南国市の掩体壕について、戦争遺産として残し、伝えていこう、ということで説明板などがつくられました。ここに戦争があった、という証ですき。
願わくば、この、小学生が毎日通り抜ける掩体壕にも、説明板をつけちょったらエイですにね。
それぞれの掩体にはそれぞれの特徴があります。巨大なものや、グラマンの機銃掃射の痕跡が残るものなど。この掩体は、その簡易な材料でつくられた構造がよくわかるもの。土嚢のようなものを、粗雑なコンクリで固めた、簡易にして手作り感満載の構築物。これで、米軍の攻撃から飛行機を守りよった、という貴重な遺産。
この写真を撮影しよったら、公民館の拡声器から、声が響き渡ってきました。明日、8時半から、地域の合同防災訓練が行われる、というお知らせ。合図に合わせ、あの大湊小学校屋上か、海津見神社東の空港緩衝緑地へ、メイメイが避難する、という訓練。なるほど。
この界隈、避難できる高い構築物がほとんどありません。小学校の屋上の海抜は、11mくらいやったと記憶しちょります。今迄の想定では、大丈夫でしたが、南国市の最悪想定が16mとなった今、やはり、避難する場所確保が喫緊の課題。
その大湊小学校の先生にも話しましたが、この界隈、広い田んぼが広がる土地ですき、100m四方くらいの土地を確保して命山をつくるがはどうでしょう。東北の津波の映像を見ると、人工の建物などは、場合によっては脆く、家などが流れてきて激突する、ということもあります。人工の山で、土砂が流されんように工夫すれば、非常に有効な避難場所になる、ということは、今回の大震災でも実証されちゅうと、岡村真先生も、おっしゃっておられました。
地域で防災を考える。子供達に、過去におこったことを伝えていく。そんな意味で、小学校の果たす役割は、とても重要。そういうことに熱心な先生が居る、ということは非常に心強いこと。嬉しかったので、今朝は、その大湊小学校近くの掩体壕を撮影にやって来ました。