鷲尾山北斜面、これは痕跡や否や〔3509〕2012/11/23
2012年11月23日(金)小雨模様
朝から小雨。降ったりやんだり。風も結構あって、ゴルフは冷やかったでしょう。昨日からカシオのゴルフが始まっちょります。
今日は、朝からお仕事。午後、早めに終わって時間ができたので、夕方ちくと山をたつくりに行っちょりました。与力町の、元本社の場所にあるデポに車を置きまして、筆山へ。一気に駆け上がり、そのまんま高見山のてっぺんへ。休日とはいえ、こんな天気ですき、誰っちゃあに逢いませんでした。
高見山てっぺんまで駆け上がると、汗びっしょりになりますが、写真を撮ったりしゆううちに、身体がしゅっと冷えます。風がありますきんね。風邪ひいたらいかんので、冷えんうちに出発して土佐塾高校の山へ。
今日は写真を撮ったりして立ち止まることもなく、土佐塾高校の山と鷲尾山の間の一番低いところ、東は深谷で西は吉野につながるルートで言えば峠になる地点まで下り、そして鷲尾山方面に駆け上がりました。
こないだうち、南嶺をたつくったがをご紹介したとき、タベシマさんと潮江雪太郎さんから、ここにあったロープウェイの話を頂戴しました。タベシマさんはFBで、雪太郎さんはメール。
そう。鷲尾山の北斜面には、東西に延びるロープウェイがありました。微かな記憶。まだ子供の時分です。
雪太郎さんによれば、あのロープウェイは、治国谷の石灰を、桟橋の日本セメント、今の太平洋セメントさんの工場に輸送するためのものやったにかありません。そうか。石灰を運ぶロープウェイか。
で、そのロープウェイの痕跡が残っちゅうとしたら、鷲尾山の北斜面界隈、と、考えました。とは言え、見当もつけずにたつくったところで、そんな痕跡を発見できそうもない。そこで考えました。
ひょっとしたら、今の、四国電力の鉄塔は、そのロープウェイの通った場所を利用しちゅうかも知れん、と。
全然見当違いかも知れませんが、まあ、可能性はない訳ではない。保守の為の道とか、共有できるし、樹々がマギらん、高い場所をつないでいく、という目的はおんなじですき、再利用せんのはもったいない。
と、考えまして、今日は、鷲尾山の北斜面を駆け上りながら、注意して、周辺をよく見てみました。
そして、途中、電力さんの鉄塔への道があったので、そこを登ってみたところがここ。この横に、大きな電力の鉄塔。そして、何か、痕跡の様なオブジェはないかと見渡してみてみつけたががこれ。一辺60cmくらいの四角いコンクリート。これが4つ、並んじょりました。これは何か。わかりません。
が、ひょっとしたらこれがロープウェイの基礎の痕跡かも知れん、と、例によって妄想を暴走させ、写真を撮ってきたのでありました。全然違うものかも知れませんが。
今日は、こっから鷲尾山頂を経由して神田へと下ってきました。途中、もう1本鉄塔の場所へ行ってみましたが、そこには痕跡らしきものは皆無。う〜ん。
そうこうしゆううちに、日も暮れかかってきたので今日はそこまで。
次回、鉄塔を中心に、時間をかけてたつくりまわってみたい、という欲求が身体のなかからフツフツと沸き上がってくるがを、抑えることはできそうにもありません。