原鉄道模型博物館〔8368〕2026/03/14
2026年3月14日(土)晴れ!
そんな訳で東京。いや、今は横浜。昨日午前中のJALでやって来ました。業界の会合。我々の業界はとても需給調整がデリケートな業界で、今はその話題で持ちきり。なかなか有意義な会議と懇親会となりました。役人さんも含めて、かなり際どい「本音」の話ができるもの、この会合の良いところだとしみじみ感じたことでした。
今日の帰りはJAL最終便なので、関東地域のお店廻りとかで1日を過ごします。その途中。どうしても行ってみたかったこの場所に立ち寄ってきました。「原鉄道模型博物館」。
この博物館をつくった原信太郎さんという凄い人物を知ったのは、今年1月20日のこと。鉄分が濃いくせに、迂闊にも知りませんでした。その際にも書いたけど、腹信太郎さんの鉄道模型にかける情熱、そして技術、努力はとんでもない。世の中にはこんな人物が居たんだ、と驚いたことでした。
コクヨの技術責任者として活躍しつつ、鉄道模型の技術も磨いていく。通常の鉄道模型だと、集電方式は線路からやけど、原さんがこだわったのは本物と同じ架線集電。そして、普通は真鍮などの加工しやすい金属が使われる鉄道模型やけど、原さんは本物と同じ「鉄」にこだわる。もうひとつのこだわり「惰力走行」と相まって、鉄道らしい音が響く原模型。今日、聴いてみたかったのが、この音。
いや、実際に聴いてみると、本当に素晴らしいね。信太郎さんがこだわる訳だ。
この巨大なジオラマ。1番ゲージという大きなもので、本当に細部まで細部まで再現されてます。最近僕が始めたのとは月とすっぽん、細菌と恐竜、10円玉と銀河系。
原さん、世界中の鉄道、鉄道模型店を廻り、夥しい資料、コレクションを残しておられます。その夥しいコレクションを、こうやって「博物館」の形で残してくれて、僕らが見られるようになっているのは、本当にありがたいこと。
そして原さん、模型だけではなく「一番切符」にもこだわってました。僕が原信太郎さんのことを知ったのも、原さんが1927年開通に開通した地下鉄銀座線の最初の乗客となった、という情報から。この博物館には、信太郎少年が初めて手にした1933年8月1日「井の頭線」開業時の一番切符や、1964年開業の東海道新幹線の一番切符などが展示。当時、一番切符ゲッターとして既に有名になっていたという信太郎少年。
今日も朝から多くのお子様連れやマニアと思しき皆さんが訪れてます。横浜駅から徒歩5分という立地にこんな素敵な博物館がある、というのもすごい。知りませんでした。
マニアとして、と言うより、人間としてすごい原信太郎さん。ヒトとして学ぶことが多い博物館でした。今まで知らなかったことの迂闊さ、もったいなさ。
世の中、知らないことだらけ。
