菜の花、朧月夜、君の名は〔3282〕2012/04/10
2012年4月10日(火)晴れ
この季節、晴れとはいえ、空気が霞みます。キリッと晴れ渡る澄んだ空ではなく、なんとなく、薄くぼやけた風景。春霞。そんな霞んだ春の夜の情景を歌うた歌に「朧月夜」があります。
大正3年の尋常小学校の教科書に採用された、文部省唱歌「朧月夜」。
菜の花畠に 入日薄れ 見渡す山の端 霞ふかし
春風そよふく 空を見れば 夕月かかりて にほい淡し
懐かしくも美しい歌、朧月夜。
写真は今朝、夜明け前のもので、もちろん入り日が薄れる時間でも夕月でもないのでありますが、それはそれ。潮江橋北詰ちょっと西の土手に咲く菜の花とお月様。なかなか風情がございます。
この美しい旋律の作曲者とされるのは、鳥取出身の岡野貞一さん。キリスト教徒ということで、この方の描く旋律には、賛美歌の影響があるともいわれちょります。なるほど。
日本では、あの時期、たくさんの唱歌や童謡がつくられました。作曲家としては、高知の安芸出身、弘田龍太郎さんなど、すごいメンバーが手がけちょります。更にすごいのは、作詞したメンバー。「椰子の実」は島崎藤村ですし、「ゆりかごのうた」や「この道」、「ペチカ」「雨」とかは北原白秋、「かなりあ」「肩たたき」は西条八十。文豪たちが、子供にとっての歌の重要性を理解し、積極的に取り組んだ時代。ちょっと羨ましいような時代の空気。
さて、上の、岡野さんに戻りますと、「故郷」とか「春が来たと」か「春の小川」とか「紅葉」とか、とにかく印象深くも美しい唱歌をたくさん作曲しちょりますが、実は、おびただしい数の、学校の校歌を作曲しちゅう人物でもあります。そしてその中に、今年3月7日、東京出張の際にご紹介した、中央区立泰明小学校の校歌もあります。小学校の校歌に、このようなすごい人物の曲を起用するという、やはり羨ましいような時代の空気。
ところで、その泰明小学校は、銀座の近く、数寄屋橋のしゅっと横にあります。数寄屋橋と言えば「君の名は」。昭和27年にラジオドラマとして放送された「君の名は」は、数寄屋橋が重要な舞台でございました。当時の世情を織り込みながらのドラマ。今一度、じっくり聴いてみたいものでございます。その「君の名は」の第一回が放送されたがが、昭和27年4月10日。丁度、今から60年前の今日やったのであります。