船岡山は標高54.1mでした〔2838〕2011/01/22
2011年1月22日(土)快晴!
よう晴れちょります。日向に出ると、結構ヌクい土曜日。
昨日、朝青龍の話をしましたので、今日は久々にここ、南国市の船岡山にやって来ました。山と申しましょうか、元山と申しましょうか。
この船岡山?には、住吉神社が鎮座ましましちょりまして、近在の皆さんに尊崇されてきました。そして、その住吉さんでは、祭礼の際に相撲が盛んに行われ、高知城以東では最大規模やったとされちょります。山内の殿様も観戦に来よったとか。写真左端の白い構築物が、住吉神社さんの本殿を覆うちゅう建物、あの南に真新しい拝殿が建っちょります。
さてこの山、ケイ石が採掘されるということで、周囲だっけを残してこんなに掘り返されてしまいました。周囲を通ると、今でも山がちゃんとあるように見えるがですが、実はこんな感じ。
昨年5月12日のにっこりでは、この上を飛ぶ飛行機の窓から船岡山を撮影しちょります。楕円形の、外縁部だっけを残した山、船岡山。たぶん、住吉さんの部分も掘り返すため、あのように新しゅうに整地して、新しい拝殿を建てたがやと思います。
新しく整地された境内には、文化文政時代の手水鉢や玉垣があって、その歴史の古さを感じさせてくれます。
この山、どんな山やったがでしょうか。昔の資料によりますれば、標高54.1mとなっちょります。今、ひまわり太郎が立っちゅうこの場所は、たぶん標高 20mもないと思います。この山麓には、古墳時代後期の円墳が三基あったようです。今も残されちゅうでしょうか。どこにあるか、ちくとわかりませんでした。
ここにあった標高54.1mの山。古墳があり、相撲の盛んな大きなお宮さんの在る山。神社の奉納相撲(大人も子供も)復活論者のひまわり太郎としましては、そんな賑やかやった頃の風景を、この写真を見ながら妄想するのでありました。