悠久の物部川〔280〕2004/01/21
2004年1月21日(水)曇り
今朝は南国工場へ来ちょります。ご存知弊社の主力工場で、一級河川物部川沿いに昭和40年に建てられた工場でございますね。
写真は、その物部川の堤防から北に向かって撮影したもの。写真左隅、堤防の左に見える建物がひまわり乳業南国工場の一部です。一番手前の赤っぽい屋根の建物は独身寮、その向こうがデザート工場となっちょります。見えゆう橋は、土佐くろしお鉄道ごめんなはり線の鉄道の橋と、国道55号線旧道の物部川橋でございます。
物部川を遡っていきますと、香長平野を抜け、土佐山田町を通り抜けます。藩政期初期に、土佐藩の名執政野中兼山が築き、土佐の農業生産に莫大な恩恵をもたらした「山田堰」の遺構を抜けると、突然川幅が狭くなります。左手に雪ヶ峰牧場、右手に高知工科大学を見ながら進むと杉田(すいた)ダムに至ります。そこを越えるともう香北町。本当に美しい土地で、吉井勇がこよなく愛し、住み着いたのもこの香北町。平家の落人伝説を伝える日御子(ひのみこ)は、美良布(びらふ)という美しい名前の街のそばにあります。香北町は、まんが家のやなせたかしさんの出身地でもありまして、アンパンマンミュージアムは、高知県内でも大人気の、子供達大喜び施設です。
そこから更に遡りますと「物部村(ものべむら)」。中心になる町は「大栃(おおどち)」。この界隈にも平家伝説があちこち残り、西熊渓谷や轟の滝、大荒(おおあれ)の滝など、山深い大自然に抱かれた景勝地がたくさんあります。そこから、物部川は四国山脈に吸い込まれて行くのであります。
物部という名前も歴史を感じさせてくれる美しい名前ですよね。
悠久の 思ひが流る 物部川
ひまわり太郎