お城の下の博物館のはなし〔2552〕2010/04/11
2010年4月11日(日)四国は小雨ぞなもし
ここは松山。愛媛県の松山。お城の下の博物館、坂の上の雲ミュージアムの中から、城山方面を撮影した写真がこれ。
坂の上のミュージアムは、割と最近作られた、観光客を意識したお城の下の博物館。たぶん、高知市の東西軸構想で、歴史館として意識しちゅうがはこのミュージアムやと思います。確かに、松山城界隈は観光地ではありますが、観るところ、楽しむところが高知城界隈に比べて少なく、ロープウェイの登り口の商店街も含めて一体的に再開発された、その一つが坂の上の雲ミュージアムながでしょう。
こじゃんとお金が掛かっちゅうこともわかります。NHKのドラマで坂の上の雲を3年間やるという、タイミングにも恵まれちょります。
ただ、内容としては、秋山兄弟と正岡子規の事績や資料などを並べちゅう訳で、これだけのことをようここまで膨らませてお金かけましたな、というのが率直な感想。色々とホンモノに恵まれちゅう高知やったら、こんながを真似してお金をかけんづくとに、もっと楽しいことができるがやないでしょうか。センスと熱意の問題やと思いますよね。
ホンモノと言えば、この写真に写っちゅう優雅な洋館は萬翠荘。これはなかなか素敵でした。大正 11年に、松山藩主の子孫である伯爵がつくったという瀟洒な建物で、内装もそれはそれはお洒落。社交の場として利用され、戦後は米軍将校宿舎、家庭裁判所、郷土芸術館とかに利用された後、文化施設として拝観できるようになっちゅうそうです。米軍将校を住まわせるにはちくともったいなかったほどの建物。昭和50年代には洋食レストランとしても使われよったそうですきに、洒落ちょりますな。あそこから山をちくと登ると、夏目漱石さんが松山中学の赴任しちょった際に下宿しちょったという愚陀佛庵が再現されちょります。山の中の静かな庵は、正岡子規さんも療養のために居候しちょったという歴史的な場所。ひまわり太郎は、こんな場所にホンモノの凄さを強く強く感じるのでありました。