堀川の桜を植えた皆さん〔2545〕2010/04/04
2010年4月4日(日)花曇り
薄い雲が広がる高知市内。気温は高め。ここは堀川。
ここの桜は、今では高知市内を代表する見事なものになりました。高知県では、もう、散り始めた桜が蔽いのでありますが、ここや築屋敷の桜はかなりの遅咲きで、ご覧の通り満開ちょっと前、という状態でした。
以前にも書きました。はらたいらさんがご案内役をつとめた「おらんく風土記」という番組がテレビ高知でやりよりました。昔制作された「おらんく風土記」を、今一度現代と見比べるという番組、テレビ高知でやりよりまして、昭和50年代の堀川を紹介する回を見ました。
ここは大鋸屋橋ですが、このアングルの場面もあり、当時の堀川の両岸は、古い立派な倉庫が並ぶたたずまいでした。昔からここに住む、回船業者さんのおじいさんが、この堀川の昔のことを語っておられ、こっから東の下の新地が賑やか、風流やった子供時代の話が魅力的やったです。そして。
その番組では、堀川の両岸に小さい桜の苗木が植えられちゅう景色が。植えられて間もない姿。おじいさんのお話では、「地元のヒトが、将来桜の名所になったらエイねえ、ということで最近植えられたがですよ」とのこと。今、そのお話通り桜の名所になっちゅうこの堀川を見るにつけ、先人の知恵とセンスと努力に大きな拍手を送りとうなります。街を住みやすくする、楽しくするということは、まさにこんな地道な努力と工夫の積み重ね、ということがよくわかります。ここには「ヒトがどっさり来るようなモノをつくって、観光客も来るようにしたら賑やかになって経済も活性化する」などという安直な考え方はなく、「街を良くしたい」という熱意や思いが静かに横溢しちゅう、と言えるかも知れません。
桜を植えた中心人物は、今でも九反田にいらっしゃいまして、決して大きい声をあげず、静かに静かに暮らしておられます。