高須のコスモス畑から介良の山々を眺める〔2404〕2009/11/14
2009年11月14日(土)晴れ!
で、今日は高知にモンちょります。昨夜、かなり降ったみたいですけんど、朝は晴れちょります。雨上がりの朝。すべてが洗い流されたように美しゅうに輝く景色。素晴らしいですな。
ここはいつもの自転車通勤路。とはいえ、いつもここを通る時間帯は、夜明け前のまだ暗い状態ですきに、今日は明るうなってから撮影してみました。ここは、高知市の東部、高須に広がる田んぼ。二期作の発祥地でもあり、高知の穀倉地帯。その広い広い田んぼに、今、このようにコスモスが植えられまして、楽しませてくれゆうがです。昨年くらいからでしょうかね、コスモスを植え始めたがは。
とにかくここは市街地に近いけんど広大な場所。見渡す限りのコスモス畑は、なかなか壮観ですきに、ぜひご覧になってみてください。
向こうには、介良三山が見えよります。右の、頂上が3つあるみたいに見える山が鉢伏山。その左が小富士山。その左、少し離れて高天原山。
最近ビッシリご紹介しゆうように、古墳や古いお宮さんのある、高知でも有数に古くからヒトがたくさん生活しよったエリア。高須がこんなに田んぼの蔽い穀倉地帯になったがは明治以降でしょう。浦戸湾に続く湿地帯で、その前は浦戸湾の一部でした。あの小富士山の麓は、はやくから拓けちょったようで、高知でもかなり古い部類の荘園がありました。伊豆国走湯山密厳院領介良庄と言いますきに、源家にゆかりのある荘園ですな。2007年6月7日のにっこりは、その、伊豆の走湯山の源泉からお届けしちょりますが、源頼朝さんが深く帰依し、平家との戦いを始めた原点、伊豆走湯山。その荘園がここにあった訳で、頼朝さんの弟、希義さんが平治の乱の後、介良へやって来たがはそんな由縁があったきですな。
そんな歴史のある風景を見晴るかすコスモス畑。