高見山頂から長宗我部氏の勢力拡大を眺める〔2405〕2009/11/15
2009年11月15日(日)晴れ
今日も良いお天気の日曜日。夕方、まだ暗うなる直前の時間に、鏡川から筆山、高見山、そして神田方面をたつくりに行っちょりました。今日は七五三で、潮江天満宮はなかなかの賑わいやったです。Jr.1号2号が、もう七五三にはご縁のない年齢になってしまいまして、ちくと寂しいですな。孫ができるまで待たんといかんがでしょうか。
ここは高見山のてっぺん。こないだ、お客様の声・広場のコーナーに、潮江雪太郎さんから書き込みを頂戴しましたので、ご案内を頂いた場所、つまり、頂上の、潮江方面を見晴らせる所から、撮影してみました。
絶景。
秋を感じさせてくれるススキが頂上付近に群生し、その向こうに住宅が密集してきた潮江方面、そして浦戸湾から高須介良方面が見晴らせます。右の、鉄塔の立つ山が五台山。昨日ご紹介したコスモス畑は、その左手にあります。写真には写っちょりませんけんど、肉眼では、あの界隈がピンク色に見えました。
霞んでキレイに写っちょりませんが、この写真の左端辺りが岡豊山。長宗我部氏が戦国時代に本拠としたところ。室町時代、長宗我部さんは、五台山、吸江寺の寺奉行に任命され、実力をつけていったがにかありません。元親さんの父、国親さんの時代、岡豊と五台山の間にある、写真中央左の山塊のなかにある大津城、天竺右近花氏さんを攻め滅ぼし、あの介良富士のちょっと右手の横山城を落とし、現在の南国市南部を勢力下に入れ、その浦戸湾から向こうのエリアを治めました。浦戸湾からこちらは、本山氏がこぢゃんと偉うなっちょりました。そして元親さんが後継ぎとなり、戦国土佐の決勝戦へと突入していったのでありました。
この、眺望絶佳の高見山頂からは、そんなドラマの舞台が一望できます。