坂本直寛と北光社〔235〕2003/12/07
2003年12月7日(日)快晴
今日は日曜日。良く晴れました。けんどぬくいですね、春みたいです。
さてさて、今朝は、堀川沿い、松ヶ鼻番所跡の少し西にあるご覧のようなオブジェをご紹介しましょう。
「北光社移民団出航の地」の記念オブジェですね。
明治30年、北海道の東北部、クンネップ原野の開拓を目的として、坂本直寛を社長として開拓会社「北光社」が設立されました。坂本直寛の母は坂本龍馬の長姉千鶴でありまして、17歳のときに坂本龍馬の兄権平の養子になります。
立志社などで、自由民権運動の中心人物として活躍、植木枝盛、馬場辰猪と並んで3大論客の一人に数えられ、理論的指導者として活躍しました。
その後キリスト教に入信、伝道者として後半の生涯を捧げて行きます。
明治30年、北海道のクンネップ原野の開拓を目指して「北光社」を設立、この写真の場所の向かいの旅館に募集事務所を置いて、開拓移民を募集し、北海道へ送り込みました。その船は、当時の高知の玄関口であったこの場所から出航、須崎を経由して瀬戸内海から関門海峡を抜けて日本海を北上、遥か宗谷岬を廻って網走からクンネップに到達したそうです。この移民団を基礎としてできあがった町が「北見市」ですね。高知市と北見市は、その成り立ちを記念して姉妹都市となっちょります。
写真まんなかの丸い石には、日本地図が書かれちゅうがです。