野市の大日寺さんと10号台風〔2331〕2009/09/02
2009年9月2日(水)今日も快晴!
良いお天気。9月の青空です。
そう言えば、南国へ本社が移転したにもかかわらず、こっから一番近い札所、大日寺をご紹介しちょりませんでした。これはいけません。
野市の北部、三宝連山の山腹にある大日寺は、四国八十八カ所の第28番札所。この立派な本堂のご本尊は、行基上人が刻んだとされる大日如来さん。
お遍路さんがたくさん訪れるお四国の札所は、そうではないお寺さんとは雰囲気が圧倒的に違います。参拝客の桁が違う訳です。
この大日寺さんも、駐車場の広さやらお土産を売るお店やらが札所であることを示しちょります。
ところで、四国八十八カ所には、あと、徳島に2つ大日寺がありますな。第4番と第13番。真言宗では大日如来さんが重要ですきに、当たり前っちゃあ当たり前。が、第4番と第13番は偶然でしょうが妙に数字がよろしゅうない。やっぱしここ、28番の大日寺が山の中の雰囲気も素晴らしく、よろしいんぢゃあないでしょうか。
この本殿の下に、昭和46年5月に台風被害を受けて復旧工事が完了したという記念碑があります。昭和45年8月の、あの10号台風で、このお寺さんも被害を被った訳ですな。
あの台風は、今でも高知県人の心に深く刻まれちゅう台風。通称「10号台風」と呼ばれます。ただ、ひとつだけ、あの台風の「お蔭」があります。
それは浦戸湾の西岸、衣ヶ島とか袂石とか横浜港とかのある美しい風景。実は、浦戸湾の沿岸部、都市計画によってどんどんと埋めたてられよりました。仁井田界隈の、昔の海岸線がまったくわからんなった、あの姿。
ところが10号台風で、高知市内が高潮によって水没。それは、浦戸湾の埋めたて工事がかなりの影響を与えた結果ぢゃ、ということになり、その後、計画されちょった西岸の埋めたては中止。お蔭で、あの美しい風景が残されたということ。
ヒトは、痛い目に遭わんと、なかなか大切なことがわからんがですね。