築屋敷の桜と近藤長次郎と龍馬と小龍〔2177〕2009/04/01
2009年4月1日(水)晴れ!
早いもんですな。もう今日から4月。ちくと冷やい4月の幕開けになったニッポン列島。高知市内の桜はかなり散っちょりまして、葉桜になっちゅう所もありますが、ここ築屋敷の桜は今が満開。昨日撮影したがと反対側、西から東向いて撮影してみました。右端に筆山、その手前に市の体育館が写っちょります。
この築屋敷、坂本龍馬が少年時代に通うた日根野道場があった、という話を昨日しました。もうひとつ、龍馬にとって大切な場所が、ここ築屋敷にありました。
安政の南海地震で、浦戸町に住む画家にして文化人、河田小龍さんが被災、どっかに仮寓せんといかんなりました。その知識がすごいことを知っちょった人物が、自分のこぢゃんと優秀な甥っ子を師事させようと、家を小龍さんに貸して住まわせたのでありました。その仮寓の家も、ここ築屋敷にあったのであります。
その優秀な甥っ子とは、龍馬の盟友にして俊才、近藤長次郎さん。で、その話を聞いた龍馬が、その小龍さんの仮住居を尋ねてきて、国際社会について教えて欲しい、と懇願したがは有名な話。最初は韜晦しよった小龍さんも、龍馬の熱意に押されて徐々に社会情勢について話します。
攘夷ぢゃあ開国ぢゃあ言いよっても、国力をつけんとなんちゃあにならん。洋式の蒸気船を買うて、対外貿易を起こして富と力を蓄えんと話にならん、てなことを説く訳ですね。小龍さんはアメリカから帰ったジョン万次郎さんに外国のことを詳しゅう聞いちょりましたきに、こぢゃんと説得力があったがです。
で、龍馬は、世界に目覚め、あのような道を進んでいったのでありました。その原点も、ここ築屋敷。龍馬の家は、こっから北へ行ったしゅっとのクにあります。