吉田町のスケート場、立体交差は今〔1956〕2008/08/23
2008年8月23日(土)曇っちょります
今日で、東九反田公園のラジオ体操も終了。子ども達の夏休みもいよいよ終盤戦にはいってまいりました。皆さん、宿題は進みよりますか?
さて、ここは吉田町。愛宕中学校へ所用があって来ちょります。この道路は愛宕の北を東西に走る通称「産業道路」。西は立体交差の北の信号から、東は比島の橋までの交通量の多い道路ながですけんど、北部環状線ができたり、線路の高架工事で新しい道路ができたりしまして、随分と様子も変わってきました。
この向こうの右手にホームセンターがあります。
あそこ、昔、ひまわり太郎が小学生の頃にできた、プール兼スケート場でした。国際スポーツセンターとかなんとかいう名称。夏は滑り台のあるレジャープールで、冬は高知県唯一無二のスケート場。これができたときはセンセーショナルやったですな。高知の街から、バスに乗ってそのプールのスイミング教室へ通うたことがあります。根性ないですきにしゅっとやめましたが。
この界隈、まだ田んぼも多く、変電所の所に電線を巻く大きな木製の巻き取り器がどっしこ転がっちょりました。この北の久万川のその北は一面の田んぼで、まだ住宅ができはじめたばっかしでした。
その後、中山律子さんのボーリングブームの頃、ここもご多分に漏れずボーリング場になってしもうたがが残念やったです。あれ以来、高知にはスケートリンクは無いのであります。ですきに、我々世代の高知県人は、意外とスケートができたりしますが、若い世代はスケートやったこと無いヒトが多いがです。
ボーリングブームが去った後、あそこはホームセンターになりました。高知で始めてのホームセンター。
そう言えば、さっき「立体交差」と書きましたが、高知市内で「立体交差」と言えば誰でもイメージするがが、附属小学校の北東の交差。道路が、地上を走るJRの線路の下へ下がって上がる立体交差。高架工事が完成した今、あそこはどんなになっちゅうがでしょうか。気になります。