カニはどうして同じ場所にやってくるのでしょうか〔1871〕2008/05/30
2008年5月30日(金)曇っちょります
昨日はまっこと暑うございました。今朝も蒸せましたが、日中は昨日ほどは暑うはならんそうです。
ここはいつもの潮江天満宮の境内社、大山祗神社の手水。昨年、2007年8月22日のにっこりをぜひご覧頂きたいのですが、この大山祗神社の手水には、毎年たくさんのカニが群れ集まります。冬の間はこの手水にも水が無いなり、生き物の姿もなくなるのでありますが、5月になって、水も溜まり、カニの姿み見られるようになりました。
何で、カニさんは、小山のてっぺんにあるこの手水まで、毎年上がって来るがでしょうかね。不思議です。謎です。
確かに、ここは大山祗神社の森に囲まれてお日様も差し込まんので、これからの季節、水が涸れることはありません。冬場の、晴れたお天気が続く季節以外で、この手水のお水が涸れたがを見たことはないですね。この水は、完全な、雨水100%。水道水とか井戸水とかは、まったく混ざっちょりません。この手水にやって来たカニの幼生は、どうやらここで脱皮を繰り返して大きゅうになっていきゆうにかあらんがです。
幼生は、別に親から教えてもろうた訳でもないでしょうし、誰かに案内してもろうた訳でもないでしょうきに、必ずこの小山のてっぺんの小さな手水までやって来るがが不思議。遺伝子とかに組み込まれちゅうとしか考えられんですな、こりゃ。
この小山の西には、鏡川に流れ込む小川がございます。その小川の周辺には、これからの季節、カニさんがこぢゃんとどっしこ群れます。鏡川を遡上してきゆうがでしょう。そして、その中の一部のカニは、大山祗神社の小山を登り、この手水鉢をどうぞりこうぞり登って、ここで大人になっていきゆうにかあらんがです。
この土佐弁表現、県外の方には難しいでしょうか。「ここで大人になっていっているらしいのです」という意味。「ゆう」が現在進行形で、「にかあらん」は推量。昔、古文で習いましたね、「にか、あらむ」という推量形。高知には、このようなゆかしい古語が燦然と残っちゅうのであります。えへん。