潮江天満宮参道の玉垣と猫〔1571〕2007/08/04
2007年8月4日(土)曇ったり晴れたり
昨日、柳原(みどりの広場)と対岸の潮江天満宮参道脇の土手をご紹介しました。そこで、今朝は、潮江天満宮参道から土手を撮影してみました。参道の北側、土手の下には玉垣がしつらえられちょりまして、その上にご覧のように猫さんがたたずんじょりました。「何撮ってんのよ!」てな感じでこちらを睨んでおりましたです。
この写真のしゅっと右手、土手の斜面に、四角い大きな記念碑がございます。菅原道真公が崩御されて1025年を記念する大祭の記念碑。昭和3年に建立され、その際にここの玉垣もこぢゃんと立派に整備されたがみたいです。
「昭和三戊辰年三月」と書かれちょりますきに、幕末の戊辰戦争の丁度60年後ということがわかります。その75年後、2003年に、1100年を記念する大祭が行われ、その記念碑も境内に建てられちょりますね。
今、手元に、昭和27年の、この参道の写真があります。写真では、潮江天満宮参道の脇に、木造のバラック小屋が建ち並んじょりますね。これは戦地からの引揚者用にこしらえられた応急のバラック住居。昭和27年と言えば終戦から7年が経過しちゅう訳ですが、まだまだ戦争を引きずっちょったがです。この当時、高知市内にはそんなバラック小屋が576戸あったそうです。潮江天満宮のこのバラックはいつの頃まであったがでしょうか。輪抜け様とかのお祭りの際にはどうしよったがでしょうか。気になるところです。
この土手の上の道、ひまわり太郎が子供の頃、この西に在ったトランポリンとかゴーカートとかへ行く時に通った道。「こどもの国」や水がこぢゃんと冷やかった市営プールへ行く際にも、この道か、柳原から南国橋を渡って行く道か、どちらかで行きよりました。