濱口雄幸首相の生家〔1479〕2007/05/04
2007年5月4日(金)晴れのち曇り
何とかお天気は夕方まで持ちこたえました。一瞬、雨が落ちてきかけたがですけんど、踏み止まってくれたですね。連休を利用して高知を訪れた皆さん、雨にならんで良かったですね。明日はさすがに雨模様の予報ですきに、雨でも楽しめる予定を組んでみて下さいね。
さて、本日は、夕方、自宅から自転車で20分くらいのところにあるこの家まで行っちょりました。昭和の初期に首相をつとめた「ライオン宰相」濱口雄幸の生家。夕方の時間で、誰も居ませんでしたが、我々のように見に来る者の為に開放され、ライオン宰相の事跡が判るような展示もありました。
とにかく、当時の面影をそのまんまに保存、修復展示されちゅうので、その臨場感たるや凄まじいものがありますね。この家は五台山から南東へ行った山懐に静かに佇んじょります。正面から山道を登っていきますと、右手に若槻礼次郎さんの書による「濱口先生誕生地」と刻まれた大きな記念碑が立っちょります。小さな門をくぐると、右手に納屋のような小さな建物。そこが雄幸さんの勉強部屋やったそうです。その奥に、この写真の母屋が当時のまんまに建っちゅうがです。
三校から東大を出た大蔵官僚ですが、その謹厳実直さはすごいですね。高知時代、その学業成績はずば抜けちょったそうですが、それも凄まじい努力の賜物やったみたいです。
首相になった時代、当時は国力増強、軍備増強一色の時代で、その中、強烈な意志と行動力で軍縮や経済政策を推し進めていったその功績は、改めて評価されているところです。城山三郎さんの小説「男子の本懐」でも有名になった、その信念の強さは、政治家はかくあるべき、という鑑
と言えるがかも知れません。
昭和五年、右翼青年の凶弾に倒れ、その傷が元で亡くなりますが、戦後になってその考え方や信念が再評価されてきた総理です。
この建物のなかに静かに座ると、その偉大さがしみじみと実感できます。すごいです。