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唐人町と掛川町の間、土佐電鉄〔1324〕2006/11/30

唐人町と掛川町の間、土佐電鉄

2006年11月30日(木)晴れちょります

今日は高知。晴れちょりますが、こころ無しか冬に向うて行きゆうような体感気温ですね。明日から12月ですきねえ、ぼちぼち寒うならんといかんでしょうな。

さて、ここは高知市内の掛川町。写真右手の土手は唐人町で、土手を越えると鏡川。掛川町と言うても、どこのことかピンとこんヒトが多いでしょう。最近、この古い地名を使うことは滅多に無うなりました。この町名の由来は、もちろん山内一豊さんに関係します。一豊さんが土佐へやって来まして、ここに城下町をこさえた際、前任地の遠州掛川から色んな職人さんを連れて来て住まわせたことに始まる町。

ですきに「掛川町」。文化的には後進の地であった土佐に、様々な技術を伝えたのが彼らやった訳です。

明治37年に開業した土佐電鉄は、翌々年、梅ノ辻と堀詰の間を開通させます。梅ノ辻から北へ、潮江橋を渡った線路は、はりまや橋向いて走っちゃあせんかったことは、何度かお話しました。はりまや橋界隈の住民が、電車が通ったら街が寂れる、と、反対したがが原因やったみたいです。で、潮江橋の北で左折し、途中で右折して堀詰で東西の線路とつながっちょったということ。昔の資料が手元にないですきに、想像するしかないがですが、たぶんこの写真の道のところを電車は下って来よったがぢゃあないでしょうか。このスロープの感じが、電車の線路によう似合うちゅうような気がするがです。で、ひまわり太郎が撮影しゆう場所で右折、北上したと想像します。昭和3年まで、梅ノ辻と堀詰の間は、この辺りを走りよりました。

今、掛川町は高知一の風俗街。昔は職人さんの街でしたが、現在は泡の国とかが立ち並んで、その道の職人さんがたくさん活躍しよります。

て、このネタは昔も使いましたね。覚えちょったらごめんなさい。


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